師匠が教えてくれたこと

登場人物

  • 私(不問):未知を探求する探検家。前人未踏の大陸で遭難する。
  • 師匠(不問):大陸中央部の森で暮らす謎の老人。
  • 救助隊(不問):「私」の捜索に来た隊のひとり。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約10分(2981文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

「修行」というテーマで書いた作品です。コメディにするつもりで、振り幅を作るためにあえて最初は真面目に書き始めたのですが、なぜかそのまま進んでこんな感じになりました。そういうこともありますね。

ひとりで朗読してもよし、パート分けしてもよしです。自由に演じてください。

本文

 広大な大陸の中央部。「陸上の大海」とも称される鬱蒼とした森林の中で、私の命運は尽きかけていた。

 探検家としての夢を果たすため、入念に準備して挑んだ未知の大陸。天候の悪化や不幸な滑落事故、そのほか様々な障害に行く手を阻まれ、気付けば仲間も、食料も、道具すらも失った私は、ただひとり、道無き道をあてもなく歩くしかなくなっていた。

 唯一の幸運は、怪我らしい怪我がないこと。しかしそれも、鉛のような手足を引きずる身では、あまり意味をなさなかった。空腹感はとうに感じられなくなったものの、水分を失った体は喉の渇きを訴え、疲れ切った体は、睡眠を求めて私の意識を刈り取ろうとしてくる。だが、本能的に私は理解していた。

 このまま眠ってしまえば、二度と目覚めることはできない、と。

 ――そんな極限状態だったから、私は視界に入ったそれを、最初は幻覚だと思った。

 いや、あるいは意識がはっきりしていたとしても、目を疑っただろうか。

 何しろそれは、樹齢千年はあろうかという大木とほぼ同化して存在していた。見方によっては、木のうろにも見える。いびつに大きく出っ張った木のコブが、腐って空洞になったような、木のうろ。そうではないと気づけたのは、異様な光景に足を止めて間もなく、中から人間が出てきたからだった。

 もしかして誰かの住まいなのか、と思った瞬間、私の意識はぷつん、と途切れた。

 次に目を開けると、薄暗い場所で、炎が燃えていた。

 ぱちぱちと音を立てながら、木の枝を燃料にして力強く燃えさかるそれは、かまどなのか、暖炉なのか、いずれにせよ、積まれ、囲まれた石の中で、赤く光を放っていた。

 生きている、という気づきと共に、胸からは安堵の思いが、瞳からは涙があふれ出た。管理された炎は、文明の象徴だ。どうやら私は、誰かに助けられたらしい。

 そういえば、と、意識を手放す前に見た人影を思い出した私は、身を起こそうと体をよじった。ひどく疲れているが、痛みはない。気を失った際、おそらく倒れたはずだが、どうやらどこも痛めなかったようだ。

 無事に身を起こす。ここは、木の壁に覆われた家だと分かった。光を取り入れるための窓にガラスはなく、壁には毛皮らしきものがぶら下がっていて、石斧や、土器のようなものが床に並ぶ――ひどく原始的で、けれども確かに人為的な「家」。

 誰か――と声を出そうとして、喉が張り付き、それができないことを悟った。仕方がないので、コンコン、と壁を叩いてみる。すると、近くにいたのだろうか、少しして扉が開き、老人が姿を見せた。

 男性なのか、女性なのか、はっきりしない。灰色の髪を長く伸ばした老人だった。何かの布を体に巻き付けた姿は、古代ギリシャか、ローマあたりの古代人を彷彿とさせる。それも相まって、神様のようだ、と私は思った。

 老人が口を開き、なんらかを呟く。私に向かって言っているように見えるので、おそらく何かの言語だろう。しかし、聞いたことのない言葉だった。首をかしげる私を前に、また一言、二言と老人が呟く。先ほどと明らかに違う音だった。しかし、やはり分からない。

 私は、水が飲みたい、とジェスチャーで示した。老人は意図を汲み取ってくれたようで、一度家の外に出ると、コップのような土器に水を入れて持ってきてくれた。安全性が頭をよぎったが、それよりも先に本能が水を求めた。

 ごくりごくりと、すごい勢いで液体を嚥下する。喉の音がうるさかった。独特の風味がある水だったが、それでも、人生で最も美味しい水だった。あっという間に飲み干してしまう。

「……あの、もう一杯いただいても?」

 恥知らずにも、欲望に任せてそんな言葉が口から出ていた。だがすぐに、はたと気付く。

「あ、そうか。言っても伝わらないのか」

 しかし次の瞬間、私は驚かされた。

「……ふむ、どの言語が通じるのかと探っておったが、『これ』じゃったか」

「言語が分かるのですか!?」

 思わず大きな声が出る。老人は笑い、流暢に続けた。

「ああ、分かるとも。かつてもこれを話す者と会話したことがある。その時に教わってな。しかし、これは南の大陸の言語ではなかったか?」

「はい、そうです。私は探検家で、南の大陸から来たもので」

「こんなところにわざわざのう。ご覧の通り、何もないんじゃが」

「夢だったのです。私の。前人未踏の地を探検するのが。……しかし、あなたがいたのでは、前人未踏ではありませんでしたね」

「そうじゃな。わし以外にも、いくつかの民族も住んでおるしのう。さっきも言ったが、お主と同じ、南の大陸から来た者もおった」

「そうですか……そんな話は聞いたことがなかったのでてっきり……ああいや、すみません。そんなことよりも、まずはこれを言うべきでした。救っていただき、ありがとうございます」

 私は座ったまま、深々と頭を下げた。

「改めてですが、私は探検家。南の大陸からやってきました。しかし道は険しく、仲間も荷物も失ってしまい、ほとんど力尽きかけていたのです。あなたに救っていただけなければ、命を落としていたでしょう。本当に、ありがとうございました」

 事情を説明し、今一度頭を下げる私を、老人は制した。

「命が助かったならそれでよい。この場所までおぬしの気力がもったというのが全てじゃろう。おぬしは、ここで果てる運命ではなかったということ。それだけじゃ」

 それより、水のおかわりじゃったの、と言って、老人は再び扉へ向かった。外に井戸か、湧き水でもあるのだろうか。知的好奇心をくすぐられた私は、それを原動力に何とか体を動かし、老人について行く。老人は無言でそれを受け入れると、外に出て、すぐそばで無数に伸びた木の根を一本、石のナイフで切り裂いた。

 途端に、水道のように水が流れ出てくる。

「すごいですね!」

 予想外の方法に、思わず興奮する。老人は教えてくれた。

「大樹の根は生命の源でな。この大地に染みこんだ雨を、吸い上げ、自身の糧としている。わしは、時折こうしてその恵みを、少しだけ分けてもらっているのじゃ。とはいえ、この方法は傷をつけるのでな。いつもそうするわけにはいかんが、すぐに飲みたい場合はこれが一番速い。……ほれ」

 差し出してくれたコップを受け取ると、何だか先ほどよりも重く感じた。改めてひとくちずつ、感謝しながら飲む。

「ごちそうさまでした」

 人生で何度も口にした言葉のはずだが、初めて正しく言えた気がした。

「……というのが、私と師匠の出会いなんです」

「そうか。自然と共に暮らす、素晴らしいお方だったのだな」

「ええ。師匠からは、生活のすべはもちろん、大切なことをいくつも教わりました」

「それはぜひお会いしたかったものだ。――お師匠様は、いつ?」

「正しい暦は分かりませんが、おそらく、三年ほど前ですかね。天寿を全うしました。墓は、裏手に」

「そうか。ぜひ後ほど、祈らせて欲しい。しかし、だとすると……」

「はい。私は、ここに残ります。……わざわざ助けに来てくれたところ、申し訳ありませんが」

「ルートは開いた。時間はかかるが、行き来はできるぞ?」

「そうかもしれませんが、もう、いいのです。私の探検は、ここが終着点だったのだと思っています。今はもう、師匠とともに、ここで暮らしていきたい。師匠と比べたら、私はまだまだ、修行の足らないひよっこですから」