登場人物
- 俺(男):独身生活を謳歌していた男
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約6分(1787文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「独身」というテーマで書いた作品です。独身生活が長いもので、逆に何を書けば良いか迷ったのですが、そんな折りにイーロンマスクの発言した「ユニバーサル・ハイ・インカム(普遍的高所得)」を思い出し、面白そうだったので掛け合わせてみました。近未来の「あるかもしれない姿」としてお楽しみください。
本文
結婚なんて物好きがすることだ。
……俺が若い頃、世の中にはそんな空気が当たり前にあって、俺自身もその思想に染まっていた。
変わらない給料に上がる物価、仕事に奪われる自由時間。ただでさえ疲弊し、消耗する生活の中で、わざわざ面倒な人付き合いを経て結婚し、何もかもを費やして子どもを育てるなんて、そんなの、やるだけ損だと思っていた。
まあ、本音を言えば少しだけ、恋人がいる奴らを羨ましく思う気持ちもなくはなかったが。
それも若い頃だけの話で、いつしか女性への興味も薄くなり、パートナーが欲しいなんて気持ちは完全にゼロになった。
俺は俺のために生きる。
自分のために金を使い、好きなものを食べ、欲しいものを買う。当然、週末の時間は全て俺のもの。一日中寝ていたって誰にも文句を言われないし、遊びに行きたきゃ行けば良い。
“独身貴族”なんて言葉があるが、まさしく俺は独身である自分に誇りすら持っていた。気ままな生活が気に入っていて、それが正解、幸せなのだと、疑いもしていなかったのだ。
――あの革命の波が、日本に押し寄せるまでは。
<シンガポールが、アメリカと手を組んでユニバーサル・ハイ・インカムに移行する>
……およそ二十年前、そんなニュースが世界に轟いた。
ユニバーサル・ハイ・インカムは、AIやロボットに労働させ、その収益で人間が暮らすという社会構想だ。
しかも、ただ暮らすだけじゃない。「ハイ・インカム」――すなわち高所得水準まで金を配り、贅沢な暮らしを実現するという。
当時、そんな社会構想があることを知らずに半分聞き流していた俺とは違い、世間はこのニュースにざわめいた。世界初の試みだったこともあるが、何より「働かずに贅沢な暮らしができる」なんてのは人類の夢だ。その動向に世界中の人々が熱い視線を注ぎ、そして希望を抱いた。うまくいくなら、ついに新たな時代が到来する。
――結果、果たして、そんな夢は現実のものとなった。
最初の一歩がシンガポールだったことも功を奏したのだろう。
アジアで発展し、経済的にも技術的にも豊かな国。
それでいて、人口も面積も小さな国。
結果論かも知れないが、経済力と先進性、国家規模の面で、社会実験に近しい新制度を導入するには、あの国が最適だったのだと思う。なんにせよ、この成功をもって、世界で初めて、ひとつの国がまるっと労働から解放された。
そこからは早かった。支援をしたアメリカを始め、先進国は次々とシンガポールの例を模倣し、応用し、労働から解放されていった。
そして、それだけ成功例が並べば、当然、日本でもその機運は高まる。
人口減少による労働力不足にあえいでいたこともあって、民意は急速に、はっきりと政治に反映された。「AI労働推進党」が選挙で大勝ちし、予算を大量につぎ込んで、国家施策としてのAI労働代替が進められていく。……そして二年前、いわゆる“ノーワーク法”がついに施行された。
正式名称「国民所得保障法」。要するに、ユニバーサル・ハイ・インカムを日本でも開始するための法律だ。これにより、どんな人でも年間三千万円の給付金を得ることができるようになった。夢にまで見た労働からの開放。産業革命によってもたらされた労働体系は、AI革命によって終わりを告げたのである。
もちろん、俺も最初は喜んだ。まだ五十になったところ。体は動くし元気そのものだから、
定年退職が早まってラッキー、もっと自分のために時間が使える!
……と、呑気に構えていた。
だが、現実は違った。
働くことをやめた途端、遊びの時間は急速につまらないものへと変わっていった。
いつでも、なんでもできるなら、今やる理由は特にない。
週末が楽しかったのは、労働している平日があったからこそなのだとそこで知った。
やりたいこともなく、誰にも求められない独り身の日々……。
今、俺の目には、公園で楽しそうに遊ぶ子ども連れの姿が眩しく映っている。
かつて俺たち独身貴族の特権だった「自由な金」と「自由な時間」は、今はもう、国民全員のものだ。
特権を失った独身は、ただの孤独なおじさんである。
そんな俺が、退屈しのぎに書いたこんな記事を読んでいるあなた。
もし、あなたがまだ若いのなら、今すぐ結婚することをおすすめしたい。
「経済力」という武器を失った五十代の婚活、光が見えないぜ?
