登場人物
- 高齢者の女性(語尾を変えて男性でも可)
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約8分(約2400文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
登場人物の項目で記したように、語尾を変えて男性でも可。
話の内容を変えない程度の接続詞や語尾の変更も構いません。
本文
あー、あの人のことかい!
あの人、「俺は何をやってたんだろう」って
ずーっと言いながら、死んだなあ。
どこの生まれか とか、そういうのは、よっくはわからんねえ……
海岸に流れ着いとったから、助けたんだけども
なんでも、百姓が嫌だから逃げ出して、船乗りになったそうで!
そしたら、船が嵐に遭って……なんたら言う南の異国の島へ流れ着いたとか。
そこで、蜜柑の木を育てていた 娘さんの仕事を手伝っているうちに 、いい仲になって結ばれたんだと!
子どもも生まれたそうだけんど、流行り病で、奥さんもお子さんも死んだんだと言ってなさった……かわいそうにねえ。
それで、もう嫌になって、また、船に乗ったら、嵐に遭って、日本に流れてきたということみたいだねえ……
ああ、そうそう、忘れてたッ!
あの人は、大事に種を持ってた! 持ってた!
奥さんの家の蜜柑の中でも、変わったタチの木があったそうでねえ。
物凄く酸っぱくて、それが、ずーっと消えん
でも、その土地では、よっぽどのことがないと、木は切らない習わしがあったらしいね。
でも、新しく来た地主さんは、
「甘くもならない蜜柑など、なんの役に立つか。切れ!」
って言ったそうで。
奥さんは、切りたくないって言ったんだども、地主さんには逆らえんで、木を切った……
そしたら、疫病が流行って、人がたくさん亡くなったんだと。
……辛かったんろうね。その木の種を……ずぅーっと奥さんのこと思って、持ち歩くくらいに。
そう……
その種を……あたしが植えた……
そしたら、おっきな蜜柑がなった!
あの人が言うてたように、酸っぱくて食べられん。
お酢の代わりに使ったりもしてたねえ。
でも、酸っぱいし、皮が厚いから、カラスが食わん。長持ちする!
そして、あの蜜柑は、寒さに強かった。
「このあたりで、蜜柑が育つなんて!」って、ほんとに思ったさ。
あんたさんがつけてくれた……「夏まで酸っぱいなら、『夏蜜柑』っていう名前はどうだ?」って
あれも、凄く良かったんろうね。
そこそこ売れるのじゃろう?
この周防(すおう)が、柑橘の里の一つになるなんて、おら、思いもせんだった!
あの人のお陰だあ。
あんたのお陰なんだよ!!
って、ときどき、あの人のお墓に言ってあげてるの!
◆
夏蜜柑。
この品種の遺伝子を調べると、ブンタンの仲間、ポメロ系柑橘に近いということがわかっている。
しかし、ポメロ系柑橘のほとんどにない性質
――酸味が抜けず、夏頃になるまで食べられない
そして、寒さに比較的強い――
という性質
を持っていて、
これに該当する系統が現代にいたるまで見つかっていない。
ポメロ系柑橘のほとんどが、中国南部か、東南アジアに分布域があるのだが、
夏蜜柑は、1700年代に、突然、現在でいうところの山口県に現れたことが記録に残っていて、海岸に見知らぬ種が流れ着いたのが始まりという話もあるのだが、
その起源は謎に包まれている。
