登場人物
- 桜子 70代くらいの年配女性
- スミレ 中学生の女の子
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約xx分xx秒(xx文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。(何かある場合は編集し、ない場合はこの()部分は削除してください。基本的にこの部分の使い方は自由なので、台本を使う方向けに伝えたいことがあればここに描いてください)
本文
「あなたの秘密を知っています。会ってくれますか? ――スミレ」
という手紙が郵便受けに入っていた。 青っぽい一筆箋に書かれた字だったが、なんとなく子どもっぽさの残る字だった。 そして、訪ねてくる日時が書いてあった。
ただのいたずらにしては、ちょっと変だと思った。
ときどき、じっと、私を見ていた、あの女の子だろうか。 買い物をしているとき、あるいは、私が家の窓から外を眺めているとき、あの子は、私をじっと見つめていた。
ナナのこと?
ナナというのは、逃げ出してしまった私の猫のことだ。 私は、スマホを取り出して、SNSでつぶやいた。
皆さま、いろいろ情報をありがとう。
……依然としてナナは見つかっていません。
御心配をおかけしています。
SNSで本名を名乗っているわけではないけれど、猫の特徴で、私のいろいろなことを知ったとしても、それは、秘密でもなんでもない。 謎は深まるばかりだった。
チャイムが鳴った。私が玄関に出ると、女の子が、立っていた。 何を考えているのかわからない目で、私を見る。
「スミレちゃん……ね ……いらっしゃい」
私は不安な気持ちを押し殺して笑顔を作って、招き入れた。
スミレが入ってきたとき、何かボールのようなものが、音を立てて転がっていく。 私はぎょっとした。ボールが部屋の一番端で止まった。 スミレは歩いていき、ボールを拾った。
「……ごめんなさい。 ここに来る前にこのおもちゃで、猫と遊んでて……」
「……スミレちゃんも猫が好きなのね……お茶でもどうかしら? お菓子もどう?」
私は、ケトルからお湯を汲んで、お茶を入れ、お菓子を出した。
私はあまり好きではないが、この家には、お菓子がたくさんあった。
スミレは、湯呑とお菓子をじっと見たが、手を出さない。
「毒なんて入ってないわよ? ……違うものがよかったかしら?」
「……お気持ちだけでいいです」
「……お手紙読んだわ その……何かしら、秘密って? ひょっとして、ナナに関することかしら? ナナ……ちょっと、ドアを開けたら逃げ出して、いまだに見つからない。 ……困っているの」
「……ナナちゃんは、うちにいます」
「え? スミレちゃんの所に行ってたの? ありがとう!! 何かあったら、どうしようって思ってたの!」
「……本当に?」
「え?」
「SNS……見てました」
「あっ……あぁ そうなの?」
「ええ。様子を見ていました……」
「様子?」
「ええ……何か変だって思いながら見てました」
「変って……」
「なんか、文体が違うなって」
「心配し過ぎて書き方が変になったのかもしれない…… でも……間違いなく『私』が書きこんだものだわ」
「でしょうね……」
じっと、スミレは私を見る。 たぶん、中学生かそこらの小娘。 でも、何か、底知れないものを感じて、私の不安は一層増した。
「……逃げ出したナナちゃん SNSの文体の変化 これだけでは、何もできないのはわかっていました。 大人の人たちって、『強力でわかりやすい何か』がないと、動いてくれないものだから……」
「い、いったい、何を?」
「……私、人と感覚が凄く違うみたいで、結構、人とずれる。
人がわかんないことがわかったり、人が簡単にわかることがわかんなかったり。 それで、ハブられたり、教科書を捨てられたりするようになった。
私に嫌がらせしてた子たちは、物的証拠? が残らないようにうまくやるから、 先生も両親も、どうしたらいいかわからなかったみたい。
私……人間関係が、それも学校で『なんでもありモード』の世界もあるって、全然知らなかったから、 『なんでもありモード』で嫌がらせしてきた子たちに対処できるまで、時間がかかっちゃって。 対処できないうちは、心が削られて、しんどかった…… 私はある場所で飛び降りようとしたことがあって。 そんなときに、あなた……桜子のおばあさんが、私を家に招いてくれた。 あたたかいスープを作ってくれて、思いっきり猫と遊ばせてくれたり……」
私は、立ち上がって、後ずさりした。
私も修羅場をくぐってきた自負はある。
お腹が空きすぎて芳香剤を食べて死にそうになったとか…… 私も子ども時代には、いろいろなことがあった。
でも……この子は違う形で修羅場をくぐっている。
対処って…… いったい何をしたのだろう。
この子の不自然な落ち着きを考え併せて 私はぞっとした。
淡々とした声でスミレはまた続ける。
「……1992年」
「え?」
「……1992年のことらしいです。 アメリカの獣医師会で、猫だけに特有の毒性をユリが示す、ということが正式に論文として発表された……
ユリは、花粉でも、生けてあった水でも、 犬も、ウサギも、ネズミも平気なのに、猫にだけ猛毒になる。 毒の成分がどんなものなのかは未だに解明されてないけど、猫がユリに触れると、高い確率で腎臓がおかしくなって死んでしまう。 猫が好きな人の多くが、ユリ中毒のことを知ってるのに……」
私は、部屋に飾ってあったユリを見た。 アスファルトの隙間に雑草のように美しいユリが咲いているのを見つけた。
桜子と違って、私には、不運なめぐりあわせが続き、この歳になるまで、生き延びるだけでも大変だった。
そんな中でも生き残った自分を見ているようで…… そのユリを摘んできて部屋に飾ったのだ……
「……あなたは、SNSでナナが遊んでいた部屋 ……今は誰もいない 辛いって、コメントしながら 部屋を撮影して投稿してた。
ユリの花が飾ってあった……
それ、道端に生えてたんでしょう?
私もよく見かけます。 葉っぱに特徴があって、シンテッポウユリっていうらしいですね。 凄く綺麗で、どんどん種ができる。
切り花用に人が改良した…… 1951年のことだそうです。 繁殖力が強くて今では街中(まちなか)でも、野生化してることがある……」
「……ユ、ユリって、猫にとっては、そんな恐ろしい花だったのね。 それがわかったのは1992年……比較的、最近のことなのね」
「……」
「私ったら、こんなおばあちゃんでしょ? 昔の人間だったから……その……知らなかった。 でも、猫が好きな人間として、そんなことも、知らなかったのは恥ずかしいし、ナナには申し訳ない飼い主だった…… 教えてくれて……ありがとう。 ナナがいないときで本当によかった! ……今度から注意するわ!」
「……なんで、直接LINEで私に連絡してこなかったんですか?」
「え?」
「……SNSのアカウントをあなたは教えてくれたし、LINEのアカウントもお互いに交換しましたよね。 ふつう、あんな変な手紙が知り合いから来たら、LINEで確認するでしょう? 私の本名と違うアカウント名だから、わからなかったのかな? ……って、ここも、あなたの失点……」
「し、失点って……何言ってるのよ!」
「……いろいろ変なことがありました。
でも、凄く痩せたなって思ったけど、桜子さんの姿は、どう見ても桜子さん。
そこが、私もずっとわからなかった。
そんなこと……そんな推理小説みたいなことってあるかなって思ったけど、たぶん、あなたは、桜子のおばあさんと、双子か何かで、桜子さんと入れ替わったんだと思いました。
双子のうち一人が子どものいない、よそのうちに……遠い親戚か何かに預けられたのかな…… 昔は、よくそういうことがあったって、ネットで調べたら……
引き取られた方なのか、残った方なのか。 あなたがどっちだったのかわからないけど、別々の人生を歩んで、桜子さんは裕福になり、恐らくあなたは不幸になった。
再会したとき、詳しい事情はわからないけど揉めて…… たぶん、あなたは桜子さんを……
そう思ったから、私はここに来ました。
私のLINEのアカウント名を書いてくれます?
スマホを確認すれば、すぐできるはず。
あなたが桜子さんなら、書けないのはおかしいですよね?」
スミレは、そっとメモ帳とボールペンをテーブルに置いた。
私は、前を向いたまま、足もとのキッチン戸棚をそっと開ける。
「ほんっとに、妄想たくましいわね…… 私は私。私は桜子よ!
もし、あなたのバカげた推理通り、双子だったとしても、一卵性双生児って、DNAまで同じなのよ? 指紋の記録でもない限り証明できやしないわ?」
「……とても簡単なやり方があります。 ……あなたが、桜子さんか、そうでないか確かめる方法……」
「……いったいどんな方法かしら? 名探偵さん」
「……口を開けてください」
「く、口?」
「その様子じゃ、やっぱり知らなかったんですね。
桜子さんは高級なお菓子が大好きだった。
だから、少し太ってて、そして、歯が悪かった…… ……
桜子さんは、奥歯にインプラントをしていたんです……
差し歯や入れ歯は大変だから、思い切ってやったけど、凄くお金がかかったって、私に話してくれた。
裕福だから、桜子さんは、それができた。
『へえ~』て、思って、私は、ネットで調べたのを覚えています。
こんなふうに顎の骨に大きく金属を埋め込む方法があるんだって……
歯医者さんのカルテを調べたりとかは、警察じゃないと、たぶんできない。
でもインプラントなら、こんな中学生でも、見ればわかる……」
「そ、そんな……」
「……簡単でしょう? 口を開けるくらい。お金も時間もかからない。 違ってたら 『頭の変な子が言いがかりつけてきた』 って、警察にでも、病院にでも連れていけばいい……」
「……ッ!!」
私は、戸棚の包丁に手を伸ばす。 それなのに、スミレは深く悲しい目のまま言った。
何? この子! なんで、ひるまないの??
「……私に何をしてもいいです。
でも、あなたの負けは変わりはしません。
駅前の交番に手紙を置いてきました。
『私は、ある事件の犯人らしい人に会いにいきます』って。
スミレも立ち上がって、私に近寄ってきた。
私は震撼し、もっとスミレと距離を取りたかったが、もう私の体の後ろは、キッチンにぴったりとくっついてしまって下がるに下がれない。
「たぶん、この犯人は、私の一番大切な人を殺した。でも、複雑な話過ぎて、誰も信じてくれない。私がURL限定で作った動画に録画が送られるように設定してあるから、おまわりさんが、これを読んだときに、私が家に戻ってなかったら、あとでこれを見てください……
」
ますます、スミレが近づいてくる。
「今、AIを使ったら、そんなコードが子どもにも組めたりします。 何もなかったら、幸いだけど、犯人が私を襲ってる様子が映ってるかもしれない。
そのときは、この住所の家を捜索してください。
この犯人は車を持ってない一人暮らしだから、おそらく遺体を移動させられない。
私と私の大切な人の遺体が多分、床下かどこかで、見つかりますって……
もちろん、インプラントのことも書きました。
あなたは、私を殺しても逃げられない。
…… さっき、ボールを落としたのは、あなたがボールに気を取られてる隙に、 あそこの棚に、スマホの録画をセットしたから………?」
レースのカーテン越しに、パトカーが来るのが見えた…… 私は、目の前が暗くなった……
私は、大声で警官らしい男がドアを叩いて叫んでいる声で我に返った。
スミレが座り込んで、静かに泣いているのが見えた。
……ああこの子は、何もかもが平気なわけじゃなかった。 気を張っていた、ただの少し……いやずば抜けて頭のいい女の子。 私が口論の末に、桜子を突き飛ばして死なせ、涙したように、この子も恐れも、悲しみも感じていた。
ただ―― ただ、桜子の仇(かたき)を討つために、私にとって、誰よりも手ごわい存在になっただけだったのだ。
