自己愛に溺れて

登場人物

  • 僕(不問):美しさに囚われた少年

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約8分(2384文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

「ナルシスト」というテーマで書いた作品です。コメディ寄りにする案もあったのですが、今回は正面からナルシシズムに向き合ってみました。小説形式でありながら、美と儚さを雰囲気に加えたくて、あえて細かいブロックに分け、半分「詩」のような構成にしています。自己愛と、人間の根源的な恐怖を描いた作品にできたかなと思いますので、どうぞ、思いっきり酔いしれ、そして恐怖して読んでください。主人公は男性設定ですが、中性的な人物像ですし、朗読台本ですので、男女関係なくどうぞ。

本文

 自分の価値は、自分以外で決まる。

 兄弟の中では足が遅いほうでも、クラスでは一番を取れたりするように。

 学校ではトップの成績でも、全国模試ではほどほどの順位だったりするように。

 能力の優劣、価値の高低は、自分以外との差で決まる。

 だから僕は小学校に入学するまで、自分の容姿は極めて平均的なのだと思っていた。

 僕が初めてその特異性に気が付いたのは、人生で最初の授業参観があった日だった。

 普段とは違う緊張感の中、いつもなら先生しか大人がいない教室に、ぞろぞろと保護者たちがやってくる。その集団の中にあって、僕の両親は人々の目を引いていた。

 父と母を見て、一斉にはしゃぎだしたクラスメイトたちのことをよく覚えている。彼ら、彼女らはその幼さゆえに、目を輝かせながら、心のままに称賛を口にした。嘘偽りない憧れが父と母に向けられる。

 そんな子供たちをたしなめる教師、そして保護者もまた、明らかにその意識を僕の両親に引っ張られていた。男親は僕の母に、女親は僕の父に吸い寄せられるのを、必死に取り繕い、隠そうとしていた。

 抗いきれない魅力。

 僕はそこで初めて、父と母の「美しさ」を知った。

 それから僕は、ことあるごとに父と母の美しさを測るようになった。

 測るとはすなわち、比較することだ。

 僕は、特撮ヒーローを演じる俳優と父を比べた。

 歌番組で躍る大人気アイドルと母を比べた。

 そして、そんな両親と、僕を比べた。

 父は、俳優よりも美しく見えた。

 母も、アイドルより魅力的に見えた。

 しかし僕と比べると、途端に平均的になった。

 父、母、僕と並ぶ家族写真では、皆の美しさは同じくらいだった。

 僕たちは、美しい家族だった。

 それがほんの少しだけ変わったのは、中学の頃だ。

 思春期を迎えた僕の体は、少年の儚さ、華奢さを喪失する代わりに、精悍さを携えるようになっていった。身長は目に見えて伸び、首元には、それまでなかった骨の輪郭が浮かんで、声が低くなった。顔つきも、丸みと可愛らしさが消え、鋭さと落ち着きが見え始めた。けれども、母譲りの目元には優しさが残り、それがほんの少しだけ、あどけなさを残した。

 ……思えば、それが良かったのだと思う。

 少年と青年の狭間で、その瞬間にしかない輝きを備えるに至った僕は、そこで初めて僕の「美しさ」を知った。そこには、一年、いや数ヶ月もすれば消えてしまうのではないかと思える儚さと、その奥に隠された力強く精力的な美しさがあった。

 それはさながら、開花前の大輪のよう。

 僕は美しい家族の中でも、最も美しい存在になっていた。

 僕はそれ以来、より一層、勉学と運動に励んだ。

 元々成績は上のほうだったが、それでは足りないと強く思った。

 美しい僕は、誰よりも賢く、誰よりもしなやかで、誰よりも優しくなければならなかった。知力、体力、そして心。全てを最高の水準で兼ね備えた僕こそ、真の意味で美しいのだと、僕の心が叫んでいた。

 僕は努力をした。朝は授業前から図書館で本を読み、授業は完璧にこなして、放課後は部活動で体を鍛え抜いた。幸い、僕には才能があった。すべてが実を結び、自身が関わる全ての分野で、トップの成績を収めることができた。最高の高校に進学してからもそれは変わらず、羨望のまなざしを浴びながら、最高の成果を出し続ける、美しい僕……。

 すべての理想は、努力と才能で現実に変えることができた。だからこそ僕は、これからも努力によって、それが続けられると信じた。

 僕の美しさは、僕にとって永遠だった。

 ……ほんの、昨日までは。

 西から吹く風が、木々と、そして水面を揺らしている。

 鳥たちがさえずる早朝に、僕はひとり、ロッジを抜け出して湖畔へとやってきていた。

 覗き込むと、その表面に僕の顔が映る。相変わらず、いや、ますます美しさを増している僕の顔。しかしその表情は悲痛だ。

 ここへは旅行でやってきた。全国トップの大学へと進学するに至った僕を祝福し、そしてひとり暮らしを始める前に、家族の絆を確かめるのがその目的だった。

 楽しい旅行だった。のんびりと名所を巡り、きらびやかな湖畔のロッジで一晩を明かす。まさしく、美しい家族にふさわしい、美しい旅行。

 しかし旅行だったからこそ、僕に一枚の気づきを与えてしまった。

 それは、旅先であれば当然の行為。

 美しい景色を背景に、久しぶりに撮影した家族写真。

 そこには、

 美しい僕と、

 昔よりほんの少しだけ、その美しさに陰りを見せ始めた両親が写っていた。

 ――なんということだろうか!

 僕は日々、自分のことばかり見つめていて気付いていなかった。

 僕の美しさが増していたからこそ、気付けていなかった。

 父と母、そして僕との間にある美しさの差が、ことのほか大きくなっていることに。

 僕が美しくなる一方で、彼、そして彼女は奪われていたのだ。

 時間という悪魔に、美しさの根源を。

 若さという、二度と取り戻せない輝きを。

 ――それに気付いたとき、僕は激しく恐怖した。

 父と母ほどの美しさを持ってしても、その美貌は時間と共に失われる。

 だとすれば、僕のこの美しさも、それから逃れることはできないだろう。

 僕はそれがたまらなく怖かった。思わず涙がこぼれ、両親を不安にさせてしまうほどに、深く動転した。

 老いるのが怖い。

 奪われるのが怖い。

 美しさを知ったあの日から、僕にとってそれは全てだった。

 美しく在るために頑張れた。

 美しく在るために生きてきた。

 いつか、僕の美しさが停滞し、そして、手からこぼれ落ちていくのだとしたら。

 僕はそれに耐えられなかった。

 気付いてしまった以上、もう、耐えられなかった。

 僕はゆっくりと自分の衣服を脱ぎ、鍛え上げた美しい肉体を太陽のもとに晒す。

 そしてゆっくりと、湖の中央に向かって進んだ。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 美しい水が、膝、腰、首……そして頭を全て飲み込むまで。

 僕はゆっくりと進んだ。

 僕が現世で最後に見たのは、湖畔に咲く、美しい水仙の花だった。