登場人物
- 老人(男):ヴァンパイアの老人
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約6分0秒(1849文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
老人:その家は、ただ、灯りを点けただけだった。それだけで、彼女に目をつけられてしまったんだ。 街には何百軒もの家があるというのに、たまたま、彼女に見つかってしまった。ヴァンパイアというものは、灯りが嫌いなんだ。太陽の光と違って人工の灯りではヴァンパイアにとって何の害にもならないがね、ただ単に好みの問題さ。もしかしたら、その家の灯りに家庭的な暖かさを感じて、それがお気に召さなかったのかもしれないな。ともかく、その家のドアを彼女はノックした。そうして、その家の主人は彼女を招き入れた。簡単だろう? 夜中の訪問者には警戒するのが世の常だがね。訪ねてきたのは可愛らしいおさげの少女だ。 警戒する方がどうかしている。それに、万が一、その主人が強い警戒心を持ち合わせていたって、同じことだ。 彼女と目が合った人間は、その真紅の瞳に魅了されてしまう。彼女が家に入ってくるのを防ぐことなんてできないんだ。そうやって、ダイニングまで案内された少女の目に入ってきたのは、バースデイパーティーにはしゃぐ家族団欒だった。今になって思えば、これもよくなかった。いかにも舞台が整いすぎているからね。考えてもみろ。幸せな家族の団欒風景に招かれざる客。しかもヴァンパイアだ。この後のシナリオなんて決まってる。そう。その家族は彼女に虐殺された。肉体は紙切れみたいに引きちぎられて、ダイニングのそこかしこに投げ捨てられていた。それはもう、ひどい有様だったよ。その魔の手は、両親たちだけでなく、幼い妹や、まだ生まれていくばくもない弟達にまで及んでいた。家族団欒があっという間に地獄絵図だ。 ふぅ。いや、大丈夫。その当時のことを思い出すとな。つい涙腺が緩んでしまう。悪いね、老人の昔話に付き合ってもらって。でも、もうすぐ終わるからな。ダイニングの家族たちを始末した少女は、二階に上がっていった。ヴァンパイアは耳がいいからね。二階にいる少年の息遣いに気づいたんだろうね。それか、ダイニングのテーブルを見て気づいたのかもしれない。バースデイケーキの正面の椅子に誰も座っていなかったからね。その少年は、バースデイケーキが先月の妹のものよりもサイズが小さいことに怒って、二階で拗ねていたんだ。全く呑気なものだと思わないか?それが家族との訣別になるなんて知らずに。少年は階段を登ってくる少女の足音を聞きながらクローゼットの中で震えていた。家族の断末魔を聞いていたから、一階で何かとんでもないことが起こったことはわかっていた。その少年は生まれつき匂いや物音に敏感だったからね。これまでに感じたことのない濃い血の匂いに恐怖を感じていた。そして、部屋のドアが開く音。 クローゼットに一歩ずつ近づいてくる音。クローゼットの前で彼女は立ち止まった。そし て、クローゼットが開かれた、その瞬間、 少女と少年の目が合った。どれほど時間が経ったのか。少年には数分間もそのままだったように感じられたが、実際には一瞬だっただろう。少女は、クスリ、と小さく笑うと、すぐに身を翻して去っていった。少年はしばらく呆けた顔のまま、動けずにいたが、ふいに手の甲に雫が落ちたのに驚いて、正気に戻った。 手の甲を洋服の袖で拭いながら気が付く。 その雫は、少年のよだれだった。こんな状況だというのに、だらだらとよだれを垂らしている自分に疑念を覚え、クローゼットの扉に備え付けてある鏡を見た。 そこには、真っ赤な瞳を見開き、剥き出した牙からよだれを垂らして笑う、見たことのない少年の姿があった。わかったかい? その少年はね。本当の家族じゃなかったんだ。養子だったんだよ。そして、自分の正体がヴァンパイアであることに気づいていなかったのさ。そう、その少年の正体は、自分の家族が殺されたっていうのに、その匂いで興奮してよだれを垂らす化物だったのさ。長いこと待たせて悪かったね。私の話はこれでおしまいさ。ん? ああ。そのヴァンパイアの少女はしばらくしてから始末したよ。なにせ私の家族、いや、私の獲物を横取りした輩だからね。…さあ、存分に戦おうじゃないか。人間の勇者と会うのは久しぶりだ。せいぜい楽しませておくれよ。
SE< 戦闘開始のBGM>