登場人物
- 俺(男):トラック運転手。ガタイがよく腹の出た中年
- ゼフィストッカ神(男):古代人っぽい格好をしたひげもじゃのおっさん
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約8分30秒(2565文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「急ブレーキ」というテーマで書いた作品です。
皆さんは異世界転生系作品に触れたことはありますか? 触れたことがない場合、今回の作品は意味不明だと思いますので補足説明しておきます。
異世界転生系作品とは、主人公が何らかの要因で命を落とし、元いた世界とは違う世界で新たな人生を始める、という構成をベースにした作品群の呼称です。ブラック企業に勤めるサラリーマンが、新たな世界で自由に生きる、といった作品も多く、それが疲れた社会人にマッチして(?)大ヒット。今や一大ジャンルとなっています。
そんな異世界転生のスタート、すなわち「この世界で命を落とす」という最初のステップにおいて、その死因に採用されがちなのが、実は「トラックによる事故」です。トラックが突然突っ込んでくる、子供や猫を助けようとして主人公が飛び出す、など、シチュエーションは様々あるのですが、本当に多くの作品で、主人公がトラックに跳ねられて転生を果たしており、もはや一種の「テンプレート」になっています。
起源がどの作品なのかは何なのかは諸説、という感じですが、きっと最初にこの方式を採用した方は、手っ取り早く転生させたかったのだと思っています。何しろ異世界転生してからが作品のスタートですし、前置きは短くしたほうが読者受けもいいでしょう。その意味で「理由付け不要で唐突に命を奪うことができる」事故というやつは、丁度良かったのでしょうね。トラックであることにも、「自動車だと怪我で済む可能性もあるし……」という意図が見える気がしています(勝手な解釈です)
しかし私は思うのです。主人公は転生後に楽しい生活を送るかもしれないが、現世に残された側はあまりにも大変だよな、と。今回は丁度良いテーマでしたので、そんな気持ちを込めて書きました。こんなタイトルの作品ではありますが、楽しく演じてください。
本文
眠気はドライバーの敵だ。
運転中にうっかり意識を手放そうものなら、次の瞬間には誰かの命を奪っている可能性がある。
しかるに、しがないトラックドライバーの俺にとって、勤務前に十分な睡眠を取っておくことは半ば義務と言えた。
「ふぁああああ……ねむ……」
――だというのに。
ここ最近の俺は、慢性的な睡眠不足に悩まされていた。
「くそ……それもこれも、毎晩見るおかしな夢のせいだ……」
俺は一週間ほど前から、眠る度に謎の夢を見るようになっていた。
やたら筋骨隆々でひげもじゃのおっさんが出てきて、俺にひたすら、同じことを呟くのだ。
「……なさい。か……えなさい。……さい」
そのくせ、目覚める度に記憶は曖昧になって消えてしまうのだが、とにかく俺はそのせいでよく眠れず、ひどく疲れていた。
「でもだんだん、鮮明になってきてる気もするんだよな……」
俺は恒例になってきたエナジードリンクの缶を開け、カフェイン頼りの勤務を開始した。
「か……さい。か……えなさい。かみの……なさい」
「またこの夢か……お? 意識がある」
気が付くと、俺はまた、何もない白い空間でひげもじゃのおっさんと対峙していた。
いつもと違うのは、ここが夢の中だと自覚できること。そして、一方的に話を聞くだけでなく、俺のほうからもアクションが起こせそうなことだった。
そうと分かれば話が早い。俺は、ぼそぼそと呟き続けるおっさんの正面に立って、
「おりゃあ!!」
「ぐっふぁああああ!」
――運送業で鍛えた自慢の筋肉で、その左頬に右フックを叩き込んだ。
聞いたことのない大声を上げながら、思った以上に吹き飛んでいくおっさん。……いや、冗談抜きで十メートルくらい飛んでないか、これ。
「……俺、ドライバーやめてボクサー目指そうかな」
「なーにがボクサーじゃアホンダラ! そんな腹の出たボクサーがおるか!」
「おっと。意外と元気だな、おっさん。……ほれ」
俺は吹き飛んでいったおっさんのもとへと歩いていき、右手を差し出した。とりあえず睡眠不足の恨みは晴らしたので、これ以上喧嘩する理由はない。
「ふん……全く不敬な」
おっさんはぶつくさ言いながらも、俺の手を取って身体を起こした。
「まあよい。ようやく意思疎通ができるようになったようで何よりじゃ。神力が微塵もないから、ここまで来るのに苦労したぞ」
「しんりょく?」
深い緑と書いて深緑、ではなさそうだな。イントネーション的に。
「神の力と書いて神力じゃ。わしの世界の住人なら大半が持っておるものじゃが、こちらの世界の住人は、少ない者が多くてのう。特にお主ら日本人というのは、世界を渡る適性はあるくせに神を信じておらん奴が多い。困ったものじゃわい」
「待て待て待て」
急に饒舌になったと思ったら、おっさんはよく分からないことを言い出した。
「神の力? 世界を渡る適正? 何言ってんだよ、おっさん」
「そうか、ちゃんと自己紹介しとらんかったの。わしの名はゼフィストッカ。まあ端的に言って、神じゃ」
「神ぃ? おっさんが?」
俺は反射的に疑いの目を向ける。だが、
「……いや、まあ言われてみれば神っぽいな」
改めて見るとおっさんは、何というか、とてつもなく神っぽかった。
ギリシャ人だかローマ人だかが来てそうな白い布をまとってるし。
ひげもじゃだし。
よく見たら頭に輪っかもあるじゃねーか!
「確かに、見れば見るほど神っぽい。そもそも夢に出てきてるしな……否定する要素がない、か」
「ほっほ。信じてもらえたようじゃの。ま、実のところわしには決まった姿などありゃせんから、お主の考える神のイメージが反映されてるだけなんじゃが、それはこの際どうでも良かろう」
「で、そんなカミサマが俺に何の用で? 言っとくけど俺、トラックの運転くらいしかできな……え、もしかしてだけど俺、運転中に事故とかで死んだ?」
真っ白な空間。目の前には神。直前の記憶を思い返せば、勤務中だった気がする。そんな現状に気が付いて、俺は急に不安になった。だがおっさんは、その長いひげをなでつけながら、あっさりと否定した。
「安心せい。その“トラックの運転”に用があって呼んだだけじゃ。そもそもわしは異世界の神じゃから、お主が死んでもわしのところには来んぞ」
「あ、そなの? まあ死んだわけじゃないならいいか……」
俺はひとまずホッと胸をなで下ろす。……あ、ほんとだ。心臓どくどくいってるわ。夢の中でも心音って感じ取れるんだなあ。
まあそれはさておき。
「死んだわけじゃないなら、異世界のカミサマとやらが日本のトラックドライバーに何のご用で? まさか配達する荷物があるわけでもないだろうし……」
「ふむ。当たらずとも遠からずじゃな。実はの、お主に届けてほしいものがある」
「届けてほしいもの?」
まさかの配達依頼だった。しかしそれなら、一応納得感はある。カミサマの住所は知らないし、トラックで届けられるものなのかも分からないが、一応俺もこの道二十年。荷物の運送なら、できることはあるだろう。
わざわざ俺に依頼してきてるってことは、俺ならできるっていう目算があるんだろうしな。
「――時にお主、漫画は読まんのか?」
「え、漫画? まあ、わりと読むけど。それが?」
「異世界転生する漫画って、あるじゃろう」
「ああ、まああるな。……え? まさか届け物って漫画?」
「そうではない。……分からんか? こういうときの説明が楽になるように、この世界の神に頼んで流行らせておいたんじゃぞ。それとも、お主の察しが悪いのか」
「うるさいな、なんなんだよ。早く言えよ」
「トラックによって異世界の神に届けられるもの、あるじゃろ」
「トラックによって異世界の神に……って、おい待て、それってまさか……!」
「分かったようじゃな。では、仕事の時間じゃ」
「ふざけんなおっさん! そんな依頼受けられるか!」
「さあトラックドライバー、神の使徒を迎えなさい」
ハッと目が覚めると、俺のトラックは道路を猛スピードで進んでいた。
どうやら意識が落ちている間、右脚はアクセルを踏み続けていたらしい。
と、そこに、図ったように飛び出してくる人影。
「この……くそ神があああああああ!!」
何とかこの運命に抗おうと思いっきりブレーキを踏むが、残念ながらもう、手遅れだった。
俺のトラックで、異世界転生させんじゃねぇよ……。