青い影

登場人物

  • 私(女):結婚を前に不安を抱える女性

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約10分(2926文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

「ガラスの破片」というテーマで書いた作品です。
物理的なものより、精神状態の象徴としてのイメージのほうが浮かんできたためこんな作品になりました。夢と現実の葛藤は私も経験がありますが、もしかすると多くの人が通る道なのかもしれませんね。
前後半の落差をはっきりと出すか、あえて控えめにするかでも印象が変わるシナリオだと思います。よろしければぜひご自身の解釈でどうぞ。

本文

 私の人生を振り返ってみると、様々な出会いに恵まれてきたな、と思います。

 共働きで忙しいのに、いっぱいの愛情を注いでくれたお父さんとお母さん。

 四つ上だからか、いつも私の見本になってくれたお兄ちゃん。

 まずは何より、そんな家族のもとに生まれて来られたことが幸運でした。

 保育園では、幼馴染みのみっちゃんに出会うことができました。覚えている限り、最も古いのが保育園の記憶で、そのときにはもう、みっちゃんは私のとなりにいてくれました。同い年で、女の子同士で、お互いをよく知るみっちゃんだからこそ、時に家族よりも頼もしい相談相手になってくれました。

 それは、大人になった今もそう。みっちゃんに付き合ってもらった愚痴の数なんて、すごいことになってそうですね。嬉しいとき、楽しいとき、つらいとき、苦しいとき、いつも一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしく笑

 小学校では、クラス活動をきっかけに、演劇と出会うことができました。素敵なきっかけをくれた担任の山下先生には、感謝してもしきれません。先生は、自分の趣味を授業に取り入れただけだって言いますけど、おかげで私も、一生付き合える趣味と出会うことができました。

 正直に言って、最初は恥ずかしかったんです。人前に立つだけでも緊張するのに、やったこともない演技をするなんて、怖くて嫌でした。でも、先生に色々教わりながら少しずつやってみると、自分とは違う何かになれることが楽しくて、すっかり夢中になってしまいました。大勢で何かをつくりあげることの楽しさを知ったことで、少し社交的にもなれたように思います。

 山下先生、ありがとうございます。

 中学校では、何よりも、演劇部の仲間に出会えたこと。このことに、感謝したいです。サキちゃん、かおる君、カナカナ。ありがとう。そしてもちろん、みっちゃんも。

 うちの学校には演劇部がなかったから、一から立ち上げたのは良い思い出です。演技するほうにはあまり興味がなかったのに、裏方が楽しそうだからって、立ち上げメンバーに入ってくれたみっちゃん、本当にありがとう。

 そしてサキちゃん。サキちゃんの演技力は、あの頃から際立っていましたね。可愛い女の子から、おばあちゃん、かっこいい男の子まで、何でもできちゃうサキちゃんは、うちの看板でした。

 一年生のうちは私とみっちゃんしか部員がいなかったから、サキちゃんが見学に来てくれて、入部してくれたときは本当に嬉しかった。

 しかも、「こいつ、台本書けるから」ってかおる君を連れてきてくれて、おかげで本当に、劇のクオリティが上がりました。かおる君、素敵な台本をありがとう。かおる君の書いた台本だけは、実家から手元に持ってきていて、事あるごとに読み返して、こっそり家で演じたりしてます笑

 映画好きの友達とかには、「あの神崎先生が学生時代に書いた脚本だぞ」って自慢したりしてて、びっくりするのを楽しんだりしてます。勝手に名前出してごめんね? でも、かおる君と一緒に演劇やれたことは、間違いなく一生の宝物です。

 そしてカナカナ。一番後輩として、私が三年のときに入ってきてくれたカナカナは、みんなの癒やしでした。五人しかいない演劇部で、ひとりだけ一年生だから、もしかすると最初は肩身が狭かったかもしれないけど、何事も一生懸命なカナカナを、私は妹みたいに思ってました。いや、もうカナカナは私の妹です! 異論は認めます笑

 そして高校。涼太さんとの出会いはここでした。名門と呼ばれる演劇部に入れて喜んだのも束の間、周りの先輩達や同級生のレベルが高くて、すっかり折れてしまった私に、優しくしてくれたのが部長の涼太さんでした。涼太さんのおかげで、私は演技を嫌いにならずに済んだし、何より自分を嫌いにならずに済んだと思っています。

 おかげで、声優の専門学校に進む決心がついて、夢に挑戦することができました。結局、実力不足で夢破れた私だけど、あのとき挑戦していなかったら後悔していただろうし、今もこうして演技と向き合えていたか分かりません。だから、本当に、全部、無駄じゃなかった。

 やりたいことをやらせてくれる優しい家族のもとで、演技と出会い、仲間と進み、たどり着いたのが今、この時です。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、みっちゃん、山下先生、サキちゃん、かおる君、カナカナ。

 出会ってくれて、本当にありがとう。

 私は今、最高に幸せです。みんなからもらった愛を胸に、これからは涼太さんとふたりで――

 ――グシャ

 私は、印刷した原稿を握りつぶした。

 結婚式で読む、花嫁の手紙。そこに並んだ文字列が、ちくり、ちくりと私を刺してくる。

 ひとつひとつの言葉に嘘はない、はずだ。みんなには感謝しているし、学生時代の思い出だって、大事な、輝かしい青春であることに間違いはない。

 なのに、なのに。

 そのまぶしさが私を苦しめる。その光に縋る私が、未練がましく自分自身に問いかけてくる。

 本当によかったのか、と。

 演技が好きで、演技を仕事にしたかった。そのために、声優学校に通ったし、色んなオーディションも受けた。今のトレンドだからと、VTuber活動だってやってみた。とにかく有名になれば、色々な仕事に繋がる可能性がある。そう思って、思いついたことは全部やった。

 けれど、どれも鳴かず飛ばず。……原因は分かってる。中途半端なのだ。私はいつも、何をしても中途半端になってしまう。良く言えば一生懸命、悪く言うなら器用貧乏。

 色々やりすぎて疲れちゃってるんだよ、と、みっちゃんには言われた。

 涼太さんにはよりストレートに、色々手を出さないで、目標をひとつに絞ってみたら、と言われた。

 本当なら、なりふり構わずサキちゃんに相談するのが一番良かったのだろう。でも、芽が出なかった私と違い、そのときすでに新人声優として名が売れ始めていた彼女に頼ることは、私にはできなかった。彼女の前ではずっと「演劇部の先輩」でいたいという、ちっぽけなプライドが邪魔をした。

 ……結局、それが私なのだ。演技が大好きで、諦めきれないくせに、夢のためにわずかなプライドを捨てることさえできなかった。そのくせ、ふとした瞬間に思い返しては、こうして、うじうじと思い悩む。

 こんな私が、涼太さんみたいなしっかりした人と結婚して良かったのだろうか。

 破れてしまった夢の代わりに、せめて「幸せに見える家庭」を得ようとただけなのではないだろうか。

 ――結婚式を来月に控えた今になって、そんな気持ちがぐるぐると巡る。

 何よりも嫌だったのは、

 結婚したことで、もしかするとこの先あったかもしれない「チャンス」を潰してしまったのではないか。

 ……そんな「IFの後悔」が、この胸に渦巻いていることだ。

 自分なりにやり切ったと思ったからこそ、寄り添ってくれた涼太さんの愛に応えて、結婚したはずなのに。

 今になって、あと一年頑張っていたらどうなっていただろう、なんて、無意味な妄想をするなんて。

 そんなのは、裏切りだ。涼太さんと、祝福してくれるみんなに対する裏切り。

 だからこそ、こんなこと、誰にも言えなかった。言えずにひとり、苦しんでいる。

 この青い影が私の心を全て覆い、暗くし、やがて何もかもを壊してしまうのを、私はひどく恐れていた。