スノー・マザー

登場人物

  •  私:(女性)……十七~八歳女性だが、古い時代なので、二十歳代くらいの感覚で。

  •  父:(男性)……三十二歳男性だが、三十五歳から四十歳くらいが、平均寿命だった時代の話なので、現代では六十歳~七十歳くらい。

  •  雪(女性)……20代くらいの感覚で。私の母であり、実は人間ではない。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約12分(約2800文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

物語の内容や意味を改変しない程度に、語尾や接続詞などを言いやすい言い回しに変える事は、構いません。

本文

■1

私M:

私は娘をおぶって歩いていた。

少しぐずるので、ゆすってやりながら、雪の中を歩いた。

私M:

母がいなくなってから七年が過ぎた。

私や弟、妹が寝ている間に、母は突然いなくなった。

母がいたときは、笑いが絶えない家だったが、

母が去ってから、家からは火が消えたようになった。

子ども十人を抱えた父は、馬車馬のように働いた。

後添え(のちぞえ)をもらうこともせず、

ときどき「お雪には本当に申し訳ないことをした」とつぶやいていた。

父は母にいったい何をしたのだろうかと思っていた……

私M:

私が子どもの時分、

近所の幼馴染みが「お前の母ちゃん、バケモンみたいに綺麗だな」と言ったのを思い出す。

確かに。

母は、どういうわけか、よその母親のように老けなかった。

それに、母が「疲れた」と云っているのを私は聞いた事が無かった。

私は、月の触りがあるだけで気持ちが塞ぐ。

少しのことで、かっとなることもある。

もちろん炊事や洗濯で立ち働けば疲労する。

自分に娘ができても、一人の子どもの夜泣きをあやし、眠りが足りなくなるだけで、疲れ苛立つ。

母は十人の子育てをしながら、疲労の色も見せずやつれもしなかった。

私M:

母と違って、父もまた人並みに疲労した。

時には体調を崩した。

そのような時、父の代わりに母が薪(たきぎ)を拾いに行き、それを売った。

それがまた、女の身なのに父よりも、たくさん拾ってくる程だった。

また、父がそんなふうに体調を崩して、熱にうなされている時に、母は父の額を手で撫でていた。

そうすると、嘘のように父は、呼吸が深くなり落ち着き回復するのだ。

■2

私M:

母が出ていったあとも、

時折、父は体調を崩し熱にうなされた。

そうしたときには、

長女である私は、いなくなった母の代わりに山林に薪拾いに行った。

もちろん、私は母とは違う。

女の身で斧をたくさん振るえるわけでもなく、

少し薪を作るだけで、疲れ果ててへたりこんでしまう。

そんな時、

ふと振り返ると、どういうわけか薪がたくさん束ねて置いてあるのを見つけた。

私は目をこすった。奇妙過ぎて、少し寒気がした。

私M:

しかし、何か風が――温かい風のようなものが吹いてきて、ふっと、気持ちが楽になった。

私は、積んであった薪を拝んで、それを持って村へ帰った。

私M:

その後も、父が体調を崩した時は、私が代わりに薪を拾いに行った。

疲れて休んでいると、たびたび薪が置いてあり、私はやはり、それを拝んで持ち帰り売って家計を回した。

■3

私M:

母が出て行って五年後、父がどっと寝込んだ。

今度は、回復の兆しが見えず、父はどんどん弱っていった。

私M:

ある日、私が父の寝顔を覗き込んでいたら、父が目覚め、はっと表情を変えた。

娘:

どうしたの?

父:

ああ、お前の母さまがいるように見間違えたのだ

私M :

私は思い切って、聞いてみようと思った。

娘:

……父さま、母さまは、なぜ出て行ったの?

■4

私M:

父が苦しそうな表情をしたので、私は尋ねた事を後悔したが、父は話し始めた。

父:

わしが、十八の頃だ。

薪を拾いに行った折、吹雪にあい小屋に避難した。そして、仲間の茂作(もさく)という人と一緒に小屋で眠った。

父:

わしは寒さで目を覚ました。

小屋の戸が開けられていて、雪が吹き込んでいた。

その時、女がいた。白装束の女が、茂作の上に屈んで、息を……白い煙のような息を吹きかけていた。

父:

女はわしが目覚めた事に気付き、今度はわしの方に近寄ってきた。

父:

わしは、体を動かそうとしたが、瞬き(まばたき)すらできなかった。その女は、わしに屈みこんできた。わしは、その女の顔を見た。

恐ろしかった……女の目はたいそう恐ろしかったが、肌の白いとても美しい人だった。

(回想)

雪:

『私は今ひとりの人のように、あなたをしようかと思った。

しかし、あなたを気の毒だと思わずにはいられない、

――あなたは若いのだから。

……あなたは美少年ね、巳之吉(みのきち)さん、もう私はあなたを害しはしません。

しかし、もしあなたが今夜見た事を誰かに――あなたの母さんにでも――云ったら、私に分ります、

そして私、あなたを殺します。

……覚えていらっしゃい、私の云う事を

父:

そして、女は、出て行った。

体が動かせるようになったので、慌てて茂作に触ると茂作は凍りついて死んでいた。

その後、わしは気を失うている所を人に助けられて、長い間、患っていた。

体が戻った時、木こりの仕事を再び始めた。

もちろん、誰にも小屋で起きた事は話さなかった。

父:

そんな折、わしは、お前たちの母さまに出会った。

肌の白いとても美しい人で、わしは一目で惚れてしまった。そして、お前たちが生まれた。

父:

ある夜、お前の母さまに対して戯れに『お前とそっくりな美しい人に出会った事がある』と言った。

母さまは『どんな人だったのか』というので、あの吹雪の日に小屋で起きた出来事を話したのだ。

母さまは……お雪は……

私M: 私は話を聞きながら、体は動かさなかったが、心のうちで震えていた。

(回想)

雪:

それは私、私、私でした。

……それは雪でした。そしてその時あなたが、その事を一言でも云ったら、私はあなたを殺すと云いました。

……そこに眠っている子供等がいなかったら、今すぐあなたを殺すのでした。

でも今あなたは子供等を大事に大事になさる方がいい、

もし子供等があなたに不平を云うべき理由でもあったら、

私はそれ相当にあなたを扱うつもりだから……

父:

……くれぐれも、子どもたちに不自由な思いをさせるなと、お雪に言われたのに。

それなのに、わしは体を壊してしまって、お前たちに苦しい思いをさせる……

私M:

父の呼吸が荒くなったが、それが移ったように、私も喘ぎ大きく呼吸した。父は、その後、人事不省(じんじふせい)になり、亡くなった。

■5

私M:

父が亡くなってから、私は弟、妹を養うために、女ながら木こりを続けた。

やはり、男のように力はない。

しかし、私が疲れ果てていると、

いつの間にか薪がたくさん積んであるのだ。

それで何とか、今まで一家は凌いで来た。

私M:

そして去年、木こり仲間の一人と私は祝言を挙げて、娘を授かった。

二つわかった事がある。夫は、とても優しいし頼りになる。

愛おしいと思う。

私M:

しかし、男というものは、なんと単純なのだろうか。なぜ父は女心がわからず、あまりに愚かな約束破りをしたのか。それが、わからなかった。

しかし、夫と一緒になって、少しだけわかったような気がした。

私M:

そして、もう一つ……

私M:

私は雪の中を歩いた。

私M:

ここは、私が不思議な薪を初めて授かった場所だ。私は娘の背負紐(しょいひも)を解きながら娘の顔を見る。娘がけらけら笑う。

私M:

背負った娘を前に抱きかかえると、私はそこの一帯に話しかけ娘を見せた。

私M:

「母さま……初孫ですよ……」

雪の台詞は 小泉八雲 著 田部隆次訳 「雪女」より引用