登場人物
- 俺(不問):一般男性(一人称を変えるなりして女性として演じていただいても問題ありません)
- 隊長(不問):地球侵略を企む宇宙人
- 部下(不問):地球侵略を企む宇宙人
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約12分(3600文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「地下空間」というテーマで書いた作品です。今作の着想は昔話『おむすびころりん』から得ました。
おにぎりはどう考えても転がらないだろ……と思ったので色々考えた結果、思いついた中で一番「落としたときに転がりそう」だったのが硬貨でした。そのため今回は「硬貨を地下空間に落とすことからどう物語を広げるか」という考え方で作っています。
音声作品というか普通にショートショートになってしまったのですが、よろしければ朗読作品などにご利用ください。もちろん仲間内で配役を決め、複数人でやっていただいても大丈夫ですが、落語的におひとりで演じ分けられるほうがよいのではないかと考えます。1人用台本として登録しておきます。
本文
現金しか使えない自動販売機で、飲み物を買おうとしたときだった。
「あっ、やべ!」
最近、小銭を触ることが少なくなっていたからだろうか、俺はうっかり手を滑らせてしまった。
小さな金属音を立てて落下した五百円玉は、奇跡的に地面と垂直な状態を保ったまま、ころころ、ころころとあらぬ方向へ転がっていく。
その先に「それ」はあった。
「それ」は、小さな切れ込みにも見える細い穴だった。大きさはおそらく三センチほど。ちょうど、自動販売機にある小銭の投入口みたいな形をしている。
そんな穴に、あろうことか俺の五百円玉は、吸い込まれるように落ちた。
「ぬおぉ……まじかよ……こんなピンポイントで落ちるかね普通。つーか、この穴なんだよそもそも」
それは、見れば見るほど奇妙な存在だった。何の変哲も無い舗装された路地に、突如としてあけられている。何の目的も、意図も窺い知れず、それでいて直線的なそのラインだけが、それが何者かの意思によって作られたものであることを伝えてきていた。
どうしても気になった俺は、周りに人がいないのを確認したのち、地面に寝そべった。片目で穴を覗くが、しかし何も見えない。スマホのライトで照らしてもダメだ。そこにあるのは暗闇だけで、もちろん、俺が落とした五百円玉の姿もなかった。
「……仕方ない、諦めるか。どう考えても取れないしな、これ。はぁ……俺の五百円……」
俺のぼやきは、ため息とともに虚空へ消えた。立ち上がり、服についた汚れを手で払ってから、最後に穴を一瞥する。せめてもの慰めに、パシャリと一枚写真を撮った。
SNSのみんな、せめて俺の不憫を笑ってくれ。
――事態が動き始めたのは、それからおよそ三十分後のことだ。
俺の投稿した穴の写真に、ぽつぽつとリアクションが寄せられ始めた。いいねだったり、コメントだったり、最初は微々たるものだったが、徐々にその数が増えていき、次第にうねりとなって俺のスマホを振動させる。通知欄は埋め尽くされ、バッテリーはみるみる減っていった。
これがいわゆる「バズリ」ってやつか! と、歓喜する。しかしコメントに目を通した俺は、その内容に眉をひそめた。
「なんだこれ……あそこだけじゃなかったのか……?」
俺の投稿に対する返信欄には、穴の発見報告がずらりと並んでいた。
自分もさっき見つけた、家の庭にいつの間にかできていた、学校の校庭にあった、など、どうやらあの路地に限らず、様々なところで発見されているらしい。
やがて専用のハッシュタグが作られると、「穴探し」は一大ムーブメントとなっていった。トレンド入りしたのを皮切りに、ネットニュースに取り上げられ、さらに注目度を増していく。
数日後には、地上波で特集を組まれるまでになった。その番組の取材によれば、同様の事象は日本だけでなく世界的に発生しており、穴のサイズは国によって違えど、三つの共通点があるらしい。
その条件とは――
ひとつ。細い穴であること。
ふたつ。地面にあいた穴であること。
そしてみっつ。突如出現したこと、である。
どうやら厳重に管理された土地にもいつの間にか出現したようで、なんと米軍基地内でも見つかったと言うから驚きだ。しかも、何者かの工作を疑った軍の調査によると、穴はとても深く、最新機器でも底が見えないのだという。
ここまでくると「穴」は半ば都市伝説のようになり、様々な憶測があらゆるところで飛び交うようになった。
そしてそれはある時点から、お祭り状態に突入していく。
きっかけは、やはりSNSだった。
『えっ! 何これ一万円!? やべー!!』
火付け役となったのは、とある大学生の投稿だった。わずか一分未満のその動画は、彼が穴に五百円玉を投入する様子が映っている。どうやら、最初にバズった俺の投稿を真似して、試しに入れてみたらしい。
すると次の瞬間、明らかにその学生の声ではない女性の声で「当選しました」というアナウンスが流れ、目の前の穴が大きく広がった。そこに置かれている紙を見て、叫んだのが先ほどのセリフというわけだ。
この動画は瞬く間に数千万回再生され、多くの人を動かした。やはり金は人を動かす原動力になる。間もなく、大きな穴の中に一万円札が置かれている画像や、当選した瞬間を捉えた動画などがネット上に溢れていった。
流行に敏感な配信者たちもこぞって反応し、多彩な企画へと発展していった。百万円分のお金を投入して当選確率を算出してみたり、一円、五円、十円と、投入金額によって当選額が変わるのかを実験する検証動画まで出現し始める。
それによって分かったのは、五割とまではいかなくても、かなりの高確率で当選するということだった。どうやら俺が五百円玉を落としたとき、何も起きなかったのは相当不運だったらしい。
しかも恐ろしいのは、当選して戻ってくるのが必ず紙幣であるという点だった。なぜかは分からないが、紙幣以外の当選事例が全く存在しなかったのだ。それも、いずれも現在発行されている新札のみ。
これにより、人々はさらに熱中することになった。日本円の場合、最少当選額が千円ということになるのだから当然だろう。一円を入れて当たれば、少なくとも千倍になって返ってくるのだ。
無論、俺もその動画を見てから、銀行で小銭をおろし、近所で見つけた穴にありったけ突っ込んだ。同じ事を考えた人は多いようで、銀行の窓口や両替機には、長蛇の列ができていた。混乱を抑止するためのアナウンスが叫ばれているが、誰も聞いちゃいない。宝くじや投資なんて目じゃない確率で、資産が増やせるのだから当然だろう。
俺は今日も銀行に並んだ。
「ふっふっふ、どうやら作戦は順調のようだな」
「そうですね隊長。すでに、硬貨の流通量が急激に下がり、代わりに紙幣が大量に出回るようになっています」
「愚かなものよな。貴重な金属の代わりに、紙切れをもらって喜んでいるとは。利益に目がくらんで、危険性を理解できないと見える」
「仮に理解していたとしても、富が増えるならやめられないだろうというのが隊長の見立てではないですか。まさに作戦通りですね!」
「まあ、私の手にかかればこの程度、造作も無いということだ。この作戦を通じて、我々の星では枯渇してしまった金属を回収しつつ、この星の経済を壊す。引き続き何かあれば報告を頼むぞ」
「それで言いますとつい先ほど、現地に潜入している隊員から最新情報が届きました。どうやら先進国ほど「きゃっしゅれす」とやらで貨幣を使わない文化になっており、急激なニーズの高まりで混乱が始まっているようです。全資産を貨幣に変えようとする者まで出てきているようですよ。銀行、という資産の管理施設に人々が殺到し、一日中、列が途切れないとか」
「予想通りの動きだな。この動きが高まれば、穴を不審がっていた一部の慎重な層も、慌てて腰を上げるだろう」
「自分も急いであやかろうとするわけですか」
「違う。自分の資産を守ろうとするのだ。過去事例があったろう? 調査結果を見なかったのかね?
「申し訳ございません。目を通したのですが甘かったようです」
「いいか、銀行は多くの人間から金を集めているが、その多くを貸し出し、利子を取ることで利益を得ている。つまり、普段銀行にはそれほど現金の備蓄はないんだ。結果として、銀行に対して大勢が一斉に資産の引き出しを求めると、手元資金がなくなって破綻する。単純な仕組みだろう?」
「なるほどつまり、それを予見した人々が、破綻する前に自分の資産を引き出そうとはするはずだ、とおっしゃるわけですね?」
「そのとおり。特に硬貨の備蓄量など、さほど多くはないだろう。ただでさえ混乱している中、資産を守りたい人々まで動き出せば……くっくっく、限界がくるそのときが楽しみだ」
「しかし隊長、いくら文化レベルの劣る星とはいえ、貨幣経済を成立させていた以上、この展開を読めている学者もいるのでは? 対策が取られたらどうします? 例えば、貨幣自体を廃止したり、我々が用意した紙幣を無効化したりといった措置はあり得ますよね?」
「確かにそうだな。だがすぐには無理だ。制度の変更や追加には時間がかかる。もたもたしている間に、この作戦による次の混乱が始まるさ」
「と、言いますと?」
「物価だ。間もなく、物価が上がっていくはずだ。何しろ我々のおかげで、貨幣を穴に入れるだけでより多くの資産が手に入るのだからな。近いうちに、労働をやめる人々が出てくるだろう。そうすれば生産力が落ちる。だが、金はあるので需要は伸びるはずだ。つまり、物価が上がるのだ」
「なるほど! すると、人々はさらに金を求めて、穴へとお金を入れる、というわけですね!」
「そうだ。そしてまた物価が上がる。破滅サイクルの始まりだよ。できれば、物資の奪い合いが戦争にまで発展してくれるとなお助かる。そうして弱ったところに、我々が攻め入るわけだな。我ながら、素晴らしい作戦だよ……」