影蝉(かげぜみ)

登場人物

◆アヤノ(女性)

高校生。ある日、ある老人の死に出会い、遺体から出てきた異形のモノのために日常が一変する。本作品で唯一異形のものを見たり感知できる。

◆マコト(男性)

高校生。アヤノのクラスメート。お調子者だが、アヤノに密かに思いを寄せる。アヤノを異形のモノから、救うが、再襲来の際に、想像を超えるやっかいさに頭を抱えながらも機転を利かせて対抗。

◆伯母

アヤノの伯母。アヤノの亡き祖母の日記を読み人知を超えた存在の記載に半信半疑だったが、アヤノが出会ったモノと、日記に書かれていたモノが同じものだと知り、アヤノに警告する。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約60分(1万6000文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文

あらすじ

夏の街に忍び寄る、見えない気配――命を吸い取る黒い昆虫。その姿は誰にも見えない。見える者だけが知る戦慄と孤独。

ある酷暑の日、高校生アヤノは学校へ向かう途中に、倒れている老人を見つける。

その身体から現れたのは——ペットボトルほどもある黒い蝉。

不気味なその虫は音もなく飛び去り、アヤノは言葉を失う。

警察に事情を説明するも、当然信じてもらえず、幻覚だったのかと自分を疑い始める。

だがその数日後、再び異様な蝉を目撃。

今度はスマホでその姿を捉えた。

……が、飛び去るはずだった蝉は、旋回して彼女の方へ飛んできた――。

■登場人物

◆アヤノ

高校生。ある日、ある老人の死に出会い、遺体から出てきた異形のモノのために日常が一変する。本作品で唯一異形のものを見たり感知できる。

◆マコト

高校生。アヤノのクラスメート。お調子者だが、アヤノに密かに思いを寄せる。アヤノを異形のモノから、救うが、再襲来の際に、想像を超えるやっかいさに頭を抱えながらも機転を利かせて対抗。

◆伯母

アヤノの伯母。アヤノの亡き祖母の日記を読み人知を超えた存在の記載に半信半疑だったが、アヤノが出会ったモノと、日記に書かれていたモノが同じものだと知り、アヤノに警告する。

■0.ニュース

――関東甲信越では、連日の猛暑が高齢者の命を奪っています。

昨年、東京都だけで熱中症による死亡者は100人を超え、千葉県や埼玉県でも高齢者の孤独死が相次ぎました。

今年はそれを上回るペースで推移しており、専門家は『室内でも油断できない』と警鐘を鳴らしています。

エアコンがついているにも関わらず室内で倒れていた男性(82)は、近隣住民の通報で発見されましたが、すでに手遅れでした。

『誰にも迷惑をかけたくない』――日頃、彼はそう語っていたそうです。

一人暮らしのお年寄りは、重症化リスクが非常に高くなります。

お互いに声をかけあい、異変を共有できる社会を……

■1.夢

暗い中で、私は歩いていた。

ここは、どこだろう。

ぼんやりと、のっぺりとした空間を、私は進んでいる。

誰かがささやいたような気がして、そちらを向いたが、相変わらずの闇。

私は、歩くことに少し飽きてきて、座り込む。

なんだろう、あの音。昆虫の羽の音?

何かが飛んでくる。スズメバチ?

違う。スズメバチよりももっと大きな何かが、まっすぐ飛んでくる。

私は声を上げようとしたが、声が出ない。

襲われる!

何かが鳴いている……バタバタ。

今度は、鳥の翼?

私は、目を開けた。汗で全身がびっしょり濡れている。まるで漏らしたみたいだ。実際、漏らしてもおかしくないくらい――怖くて酷い夢だった。

私は、着替えてシャワーを浴びる。

「アヤノー!! 何ゆっくり、シャワー浴びてるの?? 早く食べないと学校遅刻するわよ!」

母親の声が聞こえた。

■2.冷気

私は、朝食を終えると、急いでアパートの廊下を駆け抜けようとしたが、足を止めた。

「寒っ! 何これ?」

真夏なのに冷気が―― 

私は、立ち止まったあと、そろそろ歩いた。この角を曲がった辺りで、朝から、よく本郷カヨさんが掃除している。一人暮らしのおばあさんだが、奇麗好きでホウキで掃き掃除しながら、「おはようございます」と、ゆっくりとした温かい声で、挨拶してくれる。いつもなら。

しかし、そこにいたのは、目がとろんとして、ただ突っ立ている異様なカヨさんだった。

「本郷……さん?」

カヨさんは、突然倒れた。私は、びっくりして近づけないでいると、カヨさんの体の中から、大きな……真っ黒い蝉のような虫が出てくるのが見えた。

映画のエイリアンのように体を食い破って出てきたわけではなく、カヨさんの体をすり抜けるように虫は出てきた。

ホラー映画は大好きだけど、実物、しかも巨大な昆虫……

吐きそうになる私を尻目に、大な蝉は、金属のような鳴き声を上げると、飛び去った。

私は、座り込んだ。

■3.死因

倒れているカヨさんから、少し離れた所で、私は動けないでいた。そこへ、別の通勤に出ようとしていた男性が私たちを見つけて、慌てて通報。カヨさんは、病院で死亡が確認された。

当然、私も警察から事情を聴かれた。

「え? 巨大な蝉?」

警察官は、そこのところで、眉をしかめた。

「最近暑いし、凄くショックだったんだろうね……」

警察官が、私をかわいそうな人を見る目つきになった。

「……そうですね。私も、なんか……たぶん……見間違いだと思います」

結局、本郷カヨさんの死は、心不全ということになった。

違和感を感じた。

確かに猛暑が続いているが、カヨさんは昨日まで元気だった。それと、心臓発作とかならば、あんなに、ぼんやり突っ立ってたりするだろうか。

医者じゃないから、素人考えだけど、胸の痛みや呼吸困難で、座り込んだり倒れたりするのでは……

■4.伯母

その日は、さすがに学校を休んだが、次の日は、普通の日常を学校で過ごした。何も変わらない。高齢者が一人亡くなったくらいでは、世界は変わらない。

もっと、凄惨な事件や事故でもない限り。

それにしても……いくら私が動揺していたからといって、あんな幻覚を見るだろうか。

あのペットボトルくらいの真っ黒い大きな蝉は、確かに、カヨさんの中から、出てきて鳴き声を上げた。

異様過ぎる。

でも、自分にできることは何もない。私は、日常に戻り、私はそのことを意識的に忘れようとしていた。

学校帰りの途中だった。スマホが鳴る。伯母さんだった。

なんだろう。

伯母は母の姉に当たる人で、親戚の中では、一番好きな人だ。田舎で母の実家をついで暮らしている。ときどき、一家で遊びに帰ったりするので、やり取りがある。

チャキチャキしてる人だけど、そういう人にありがちな、上から目線や、小うるさいところがない安心できる人だった。

■5.日記

一通りの挨拶をすませたあと、伯母は、意外なことを言い出した。

「あの……大きな黒い蝉が人から出てくるのを見たってほんと?

アキちゃん(母のことだ)と電話でおしゃべりしてたら、アキちゃんが、言ってたから。

あの子は、ホラーの見過ぎで、不謹慎なこと言ってるって……」

ああ、なんで、こうなんだろう。母親って、娘を侮辱するのが仕事なんだろうか?

「え? あ……それは……」

慌てて、ごまかそうとしたが、伯母は話を続けた。

「あのね。私、その話を聞いてびっくりしたの。あなたが失礼だとか、頭がおかしいとか、そういうこと言いたいのじゃないの。

私、その変な蝉の話を読んだことがあったのよ。それを知らせたくて」

「……え?」

「お母さん、あ、私の母親。あなたにとっては、おばあちゃんに当たる人の日記を読んだことがあるの」

私が幼いころに祖母は亡くなったので、彼女のことはよく覚えていない。覚えているのは、遺影の優しそうな顔だけだ。

「……日記……ですか?」

「うん、落ち着いて聞いてね」

■6.黒い蝉

「……日記には、不思議なことがたくさん書いてあって、おばあちゃん、まともそうだったけど、なんだか、変わった人だったのかしらって私、思ってた。

でも、アキちゃんから、アヤちゃんが、大きな黒い蝉を見たっていう話を聞いて、びっくりしたの。

それによく似た内容が、おばあちゃんの、日記にもあったから」

「!?」

伯母が続ける。

「おじいちゃん、つまり、あなたの祖父にあたる人が亡くなったとき変わったことが起きたんだって。

おじいちゃんが、畑に行って帰って来ないので、おばあちゃんが、様子を見に行ったら、真夏なのに、物凄い寒さを感じたそうよ。

変だなって思ったら、ポツンと一人で、おじいちゃんが畑で立っていて、鍬は、放り出されていた。

おじいちゃんは、目が虚ろで様子が変。

それで、急に倒れて。おばあちゃんが、駈け寄ったら、おじいちゃんから、竹筒みたいに大きな真っ黒い蝉が出てきて、飛び去ったって。

おじいちゃんは亡くなっていて、病死ということになったけど、おばあちゃんは、誰にも、その不気味な蝉のことを言わなかったって書いてあった」

■7.巫女

「なんで……」

私は、誰にも言えなかったおばあちゃんの気持ちがわかるような気がしたが、伯母はもっと意外なことを言い出した。

「おばあちゃんね。子どもの頃から、不思議なものが見える体質だったんだって。でも、そのことを言うと、みんなに気味悪がられて仲間外れにされたりしたから、そのことを誰にも言わなくなってしまった。

私も、半信半疑だったのだけど、うちの家系は、先祖に不思議なものを見ることができた巫女がいて、女系の家族に、その体質が出ることがあるって、そんなことも書いてあったの。

私もアキちゃんも、何にも見えもしなければ、感じもしないんだけどね」

まさか私がその体質を受け継いでいる?

今まで、何も見たことなかったんだけど?

でも、今回は……

「取り合えず知らせた方がいい気がしたの。

あなたも、もう高校生だしね。

本当に、奇妙な信じられないことだけど、これは知らせない方が、よくないと私は思った。

……ただ……霊感ゼロの私が言うのも何だけど、なんだかその蝉は、あんまりいいものじゃない気がするのよ。

遠いから、すぐそっちに行くわけにもいかないし、アキちゃんは、全然、こんな話取り合ってもくれない。

アヤちゃん、くれぐれも、変なものに出会っても、絶対に近寄っちゃダメよ。

私も、この蝉のことをもっと調べてみる。何かわかったら連絡するから」

私は、混乱しながらも、伯母にお礼を言って電話を切った。

私の霊感デビューが、あの気味悪い蝉?

うぅ……

■8.気配

また、数日、何事もなく過ぎていったのだが、学校帰りに、ある一件の家の前を通りかかった。

私ははっとした。あの冷気を感じたのだ。間違いない。

その家には、庭木があったせいもあって、どこに人が倒れているのかはわからなかった。

ああ、ダメだ。近寄っちゃいけない。

そう思ったとき、庭木の間から、あの大きな蝉が飛び立って、空高く飛んでいこうとした。蝉だからか、飛ぶ速度は、そんなに速くない。

私は、とっさに、スマホを向けて、シャッターを切った。

「!ッ」

蝉は飛び去るかと思いきや、急旋回して私の方に向かってきた。

完全に予想外だった。

デカ過ぎるし、怪しすぎる昆虫の奇襲。

あれだ。追い詰められたゴキが顔に飛んで来るときの100倍くらいの衝撃。

私は動くこともできずに、蝉が顔に突っ込んでくるのを感じて、意識を失った。

■9.マコト

――ナカさん

ぼんやりと何かが聞こえた

――里中さん!!

気がついた私の胸から、もぞもぞと、あの巨大な蝉が出てきた。

痛みは無いけど……チェストバスター並みの気持ち悪さ。

私は、また、意識を失いそうになったが、その人が、私を揺り起こした。

「さ・と・な・か・さん!!」

彼に蝉は見えていないようだった。蝉が飛び去るのを私は、見送るしかなかった。

「……木崎!」

木崎マコト。クラスメートだ。お調子者で、近くの席になったのをいいことに、私にちょっかいを出してくる。わかりやすいおバカ男子……。

でも、そんなに嫌いな奴でもなかった。

「いきなり倒れたから、どうしたのかと思ったよ! 大丈夫?」

■10.自分にも

「あ、ありがとう……睡眠不足だったのかな」

「すいみんぶそくぅ?」

「え?」

「なんか、様子がおかしかったよ? 

ぼんやり、とろんとした目をして突っ立ったままで。いったいどうしたんだろうって思ってたら、いきなり倒れてさあ」

私は、ぞっとした。

カヨさんや祖父が亡くなるときの兆候そのものではないか。

あの蝉は、私に取り憑いたのだ。

マコトが居合わせて起こしてくれなかったら、どうなっていたことか……

私は、さらに顔が青ざめ、マコトも慌てたらしい。

「……だ? 大丈夫?」

彼は、救急車まで呼んでしまい、大騒動の末、仕事をおっぽり出して来てくれた父親の車で、私は帰宅した。

「熱中症でしょう」

と医師に言われていたし、救急車で運ばれるような事態だったので、さすがの母も何も言わなかった。

あとで聞いたが、あの冷気のした家では、やはり一人暮らしの高齢者が亡くなっていた。

一応、スマホの写真をチェックしたが、あの蝉の姿はどこにも無く青空が映っているだけだった。

■11.うわごと

翌日、学校で、マコトが話しかけてきた。

「ねえねえ!」

「うるさいな……」

「”黒い蝉”って何?」

「!?」

私は、慌ててマコトの手を引っ張って、教室を出た。

「何したんだ! マコト!!」

「ヒュー! ヒュー!」

というおバカ男子どもの声が背中に刺さったが、踊り場の隅まで、彼をひきずっていってから、私は手を離した。

「あんた、見えてたの?」

マコトは、ぽかんと口を開けた。

■12.満足

「見えてたって何が? 

いや、里中さんが気がつく前に、うわごとみたいに、『黒い蝉が……』って何度も言ってたから、”黒い蝉”って、何だろうって思って」

「……いや、私も混乱してたから」

「『見えてたの?』 って言ったよね。何があったの? 倒れたとき、明らかに、あれ普通じゃなかったよね?」

「シー! 声を抑えて。頭おかしいって思われるのもう嫌なの!」

「本当のこと言わないなら、大声で叫ぶよ?」

「わかった! わかったから!」

私は、真夏なのに感じた奇妙な冷気のこと。本郷カヨや祖父が不審な死に方をし、現場に巨大な黒い蝉が現れていたこと。

祖母と同じく、私も不思議なものが見えてしまう体質らしいこと。

再度、冷気と蝉に出会ってしまったこと。

悔しいけれど、改めて、私は、マコトに

「命を助けてくれて、本当にありがとう」

という言葉も伝えた。

これまた悔しいことに、マコトは、これ以上ないくらい満足気な笑みを浮かべている。

でも、彼はすぐに真顔になった。

■13.ターゲット

「里中さんの言ってること筋は通っているし、実際、あの変な様子を僕も見たからね……僕は全然、疑ったりしてないよ……

でも、その状況ってかなりヤバい気がする……」

「うん……わかってる」

そうなのだ。あの蝉が、カメラの仕組みを理解しているとは思えない。

しかし、自分を“捉える能力のある者”が、自分を追いかけようとした。

そういう意図は、たぶん、伝わってしまった。

だから……

「アヤノさんは、その蝉に敵認定されたよね……たぶん

最悪、また来るかもしれない」

考えないようにしてたのに、改めて言われると、またぐっと気が滅入った。

「でも」

「でも?」

「……あれでわかったことがあるよ。

その変な蝉に取り憑かれて意識を失っても、

すぐに起こせば、死なないってことでしょ? 僕が起こしたみたいに」

「そっか!」

 

「だから、一人っきりにならなければいい。

様子が変になっても、誰かいれば、必ず起こすでしょ」

「そうだね!」

「だから」

「だから?」

「登下校は一緒に!」

「え゛」

「事情を知らない人だったら、起こすタイミングが遅れるかも」

こ、こいつ……

 

「ううっ お願いします……」

■14.侵入

仕方なく、マコトに家まで送ってもらって、母から「あら、おめでとう」なんて言われながら、ルル(猫)をなでくりまわして、夕方は過ごした。

夜、ベッドで、これから、どうしたらいいんだろうと、考えていたら、私はいつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。でも、寒さで目が覚めた。

目を開けると、天井に、あの大きな蝉がいた!

声を上げる間もなく、蝉が急降下してきたが、私はよけた。すぐに蝉は向きを変えて飛んできた!

「シャー!!」

寝ていたはずのルルが威嚇の声を上げて、蝉に飛び掛かった!

蝉の体をすり抜けてルルは、本棚にぶつかってしまった。

え?

しばらく蝉は、旋回しながら部屋の中を飛んで、窓の方へ向かった。

信じられないことに蝉は、窓をすり抜けていった……

私は、座り込んだ。

ルルがやってきて、私の体にのぼり、私の目を見た。

「ありがとう。ルル……助かったよ」

私は震える声でルルを抱きしめながら言った。

■15.トイレとお風呂

学校の踊り場で、また私たちは話していた。

好奇の目で、私たちを同級生たちが見るが、もう、そんなの気にしている場合じゃなかった。

「だから、登校中、黙りこくってたのか……」

マコトはため息をついた

「……危機一髪。ほんとルルがいてよかったよ……」

お調子者のマコトも、この話には大きなショックを受けたらしい。

「でも、やっかいな怪物だね……壁をすり抜けるし、物理攻撃が効かないって、反則もいいとこだよ。

どんな設定だよ?!」

「……うん」

緊張の糸が少しゆるんで、泣きたい気持ちだった。

安心して分かち合える人すらいなければ、いくら怖かろうと苦しかろうと泣くことすらできない。

お調子者のこいつでも、このことを話せる相手がいるのは、心の底からありがたかった。

「それで、今は家ではどうしてるの? 

その状況って一人になるだけで危険だよね。

トイレとかは?」

「ルルを抱っこして、トイレに入ってる。迷惑そうな顔をしてるけど、付き合ってくれてる」

「ああ、それは大変だね……ルルが……

お風呂はさすがに、ルルと一緒に入れないよね」

「頭のいい子だから、何か察してはくれてるみたい。脱衣場で、見張ってくれてる」

「さすがルル。優秀過ぎる……」

「感心してる場合じゃないでしょう!? 

どうしたらいいの? 

ルルを24時間連れて歩くわけにもいかないわ!

一人にならないように我慢して学校ではトイレにも行かないようにしてるけれど」

「それだって、体調によっては我慢できないときもあるよね……

うーん、僕らいっそ同棲して24時間一緒にいようか?」

「はぁ!?」

「ごめん! 冗談。あんまりにも落ち込んでるから」

私はため息をついた。

■16.分析

「でも、わかったことを整理してみよう。まず、その黒い蝉は普通の人には見えない。

この辺も、反則なんだよな。光学迷彩かよ。まったく」

「コウガクメイサイ?」

「うん。保護色を使って、周りと同化して視認できなくすること。

SFの世界の話だけど、自分に当たるはずの光を歪ませて、透明みたいに見せる技術。

そんな技術で、透明の怪物が襲ってくる映画なんかもあったり……

でも、こいつはSF以上だよ。ヤバ過ぎる。壁をすり抜けたり、物理攻撃が効かない」

「……うん」

「アヤノさんのおじいちゃんやカヨさんの話だけなら、亡くなる前兆の不思議な話って可能性もあったけれど、

アヤノさんところにピンポイントで、2回も来たっていうことは、明らかに目的を持って動いてるね。この怪物は。

寝込みを襲うって、相手の隙をちゃんと見極めてもいる。

総合して考えるに、コイツ昆虫の癖に知能が高そう」

「う゛~。もう、なんで、蝉が人を襲うの!」

「この化け物にとって、人間は都合がいいんだろうなあ」

「なんで?」

「たぶん、この黒い蝉にとって人間は獲物なんだろうね。

直接、肉を食べたり、血を吸ったりしてるわけではなさそうだけど、

人間の“エネルギー”みたいなものが餌なんだ。たぶんだけどね。

それで元気な人が突然死んでしまう。

遺体の表面にも内面にも目立った損傷も出さないで獲物を仕留めるなんて、いろいろ進化してるやっかいな捕食者だなあって思う」

「なにもわざわざ人間じゃなくても、動物でもいいじゃない!」

「うーん。ルルのことがあるよね」

「ルル?」

「ルルは、蝉に感づいたわけでしょう? 

しかも、ルルが攻撃したってことは、少なくとも猫には見えてるってことだよ。

動物には察知されてしまうから、奇襲できないんじゃないかな。

それに加えて、野生の生き物って群れてることも多いから、この黒い蝉にとって、動物は、やりにくい相手なのかもしれない。

感知力を失った鈍感な人間のほうが、孤立してる個体も多くて狙いやすい。

孤独な人が多いコミュニティーは奴らにとって、格好な狩場だ。

体も大きいから、エネルギーも“食べで”があるだろうしね」

クモやカマキリみたいに、この蝉は人間を獲物にする捕食者ってこと?

想像してさらに気持ちが悪くなった。

■17.誤算

私たちは、学校から帰りながらも話をしていた。

「なんで、写真に撮られたくらいで、蝉は必死になったんだろう?」

「……見られたから?」

「……たぶん、そうだよね。見られた……過信から蝉は大きなミスをした」

「過信?」

「うん。もっと、独りで周囲に誰もいない人を狙うべきだった。まさか自分が“見える能力者”がいるなんて、思わなかったのだろうけど、人気が多い所で、何回も獲物を襲ったのは大失敗だった。

それによってアヤノさんという、天敵に見つかってしまった」

「なんで私が天敵認定されるわけ? 反撃の手段もないのに?」

「蝉の考えることは、よくわかんないけど、人間が連携するのを恐れてるのかなあって」

「連携?」

「そう。連携。

蝉にとっては、自分が見える能力者の出現は、相当な誤算だったはず。

アラームコールっていうんだけど、群れで行動する動物は、天敵を見つけると仲間に鳴き声なんかで、危険を知らせるんだよ。

情報共有だね。それを恐れてる?」

「私、あんなのに狙われてまで、そのアラームコールとやらをするほど、お人よしじゃないわよ?! 

それに、ほかの人に見えないんだから、信じてもらいようがないじゃないの!!」

■18.完璧な戦略

「そうなんだよね。今のところ、多少の誤算はあっても、あの蝉の透明戦略は、完璧そのもの。

僕たちは、アヤノさんみたいな人からもたらせる情報を、まったく生かせてない。

アヤノさんのおばあさんなんか、仲間外れにまでされてしまった。

もし、あの蝉が人間の理解力や連携力を恐れているのなら、人間を買いかぶりすぎだと言ってやりたい」

私は、声を荒げた。

「もぅー!! 嫌!」

彼はため息をついた。

「まあ、それはともかく、超常的な存在でも、どこかに弱点はないのかな? ほかにも、蝉にとって思い通りにいかないことがきっとあるはずなんだよ。

完全無欠の存在なわけがない」

「なんで?」

「うーん。

ざっくりとしか言えないけど、蝉も生きるためには、餌が必要。

餌が無ければ、生きていけない。だから、人間に依存していることになる。

本当に無敵で不老不死だったら餌を食べつくして世界は破綻してしまうよ。

あと、増え過ぎた生物は、タチの悪い感染症が流行って、一気に数が減るとかそういう自然の摂理が……まあ、生態系ってやつだね」

「生態系なんていう言葉通じる相手なのかしら……あんなのが病気で死んだり、飢え死にしたりすると思えないんだけど」

■19.増援

私は、足を止めた。

「ねえ……マコト?」

「ん?」

「ダメだ……」

「一緒にいてもらって、私が取り憑かれたときに、起こしてくれるっていうあの作戦……」

「なんで?」

「三匹、あの蝉が近づいてきてる……いつも二人でいるから、マコトごと片づける気だ!」

「くそ、これだけやっかいな能力持ちのくせに、一匹じゃないのかよ!? 

仲間連れてくるとか反則だぞ!

どっちから?」

「あっちから、向かってきてる!」

「ああ、くそっ! そっちがそのつもりなら。こっちだ!」

「どこ行くの?」

■20.商店街

私たちは息を切らしていた。

この辺では珍しく、人通りが途絶えていない商店街が残っていた。

アーケードの中には、大勢ではないが、お店の人たちがいたし、客が、行き来していた。

「さすがに、この人数を一斉に襲うのは無理だろう。あいつらは?」

私は指さして伝えた。

「アーケードのあそこらへんに止まってる……」

「よし。実験できるかも」

「何する気?」

「物理的な打撃が効かないなら、光ならどうだ」

「ちょっと!」

止めようとしたが、間に合わなかった。

マコトはスマホを蝉にレンズを向けてフラッシュを何度も焚いた。

蝉が金属的な声を立てて羽を羽ばたかせ、静かになった。

私はそのことをマコトに伝える。

「ダメージがあったのかな」

私が答える。

「……違うみたい……」

「え?」

「さらに二匹飛んできて五匹になった!

逆効果じゃない!!」

「うわ、増援、追加かよ。

それにしても、注意を向けられるのが、よほど嫌というか……刺激になっちゃうんだな」

■21.時間

何時間経っただろうか。私たちは、どうしたらいいかわからず、押し黙って、廃業した店のシャッターの前に座りこんでいた。

アーケードの外は少しずつ暗くなり始めていた。

「ねえ……どうしたらいいの?

まだ、このくらいの時間だからいいけど、

この町は、新宿や原宿みたいに一晩中たくさんの人がいる所じゃない。

夜中になったら、誰もいなくなっちゃう……」

「……」

さすがに、マコトも返事をしない。

「……ごめん、私のせいでマコトが巻き込まれてるのに」

「そんなことないよ。僕が好きで首を突っ込んだんだ。アヤノさんの責任じゃない。でも、参ったな。これじゃ、らちが明かない」

その時、私のスマホが鳴った。

伯母からの着信だった。

■22.伝承

「伯母さん! 何かわかったの?」

「あれから、変わったことはなかったかい?」

私は、かいつまんで状況を説明した。

伯母さんは、うめき声をあげた。

スピーカーモードにして

マコトにも、伯母さんとの会話に加わってもらっている。

「だから、何か見つけても近づくなと言ったじゃないか!

これから、どうするんだい!」

「もう相手もなりふり構わずって感じで……

しかも、五匹もいたら、僕たちだけでなくて、アヤノさんのご両親も巻き込む可能性大です。だから、ここから動けないんです……

待機してる奴らも、ほかの人たちがいなくなるのを待ってるんだと思うけど、正直、この蝉が次にどう動いてくるのかまったく読めません……」

「……せめて、ほかの人にも化け物が見えたら助けてもらえるのに!

ほんとにいやらしい怪物だよ!!」

気が遠くなりそうになったが、私は思い出した。

「ねえ、伯母さん、何か話があったから、私に電話してきたんじゃないの?」

「ああ、でも……」

「あの化け物について調べるって言ってたよね。何かわかったんじゃない?」

「とくに新しいことがわかったんじゃないんだけど……」

「なんでもいいから、教えて! 早く!」

「わかった。その変な蝉のことを郷土資料館で調べてたら、この地方の古い伝説にちょっとだけ出ていたんだよ」

■23.影蝉

「読み上げるね。

伝承によると、その妖怪は『影蝉(かげぜみ)』と呼ばれている。

影蝉は、竹筒のように大きく黒い蝉の姿をしていて、真夏の酷暑の折によく現れる。

それに取り憑かれた者は、命を吸い取られて突然死んでしまう。

影蝉に取り付かれた者は、人事不省になるが、素早く意識を回復させれば、影蝉は逃げていく。

影蝉は巧みに隠れるので、姿を見ることは難しいが、真夏なのにもかかわらず、異常な寒さを感じたら、影蝉が近くにいる兆候である。

ただ、万一、影蝉の姿を見つけても、絶対に追いかけてはならない。追いかけた者は呪われて死ぬと言われている」

「ビンゴー!」

「ビンゴー! じゃないわよ! もっと早く知りたかったわ!」

私は、話の一致する部分と、今感じている寒さで震えた。

実際五匹もいる影蝉の冷気は凍えるようだったからだ。ただ、私だけが、その寒さを感じるみたいで、マコトは、まったく平気みたいだった。

普通の人には見えないし、感じられない。これでは、普通の人は防ぎようがない。必ずしも、伝説は正しいことばかりではないのかもしれない。

「“影蝉”は、一人暮らしの老人の所によく現れる。しかし、老人でなくても、ひとり暮らしの者は十分注意が必要である。目立った傷も見当たらないので、犠牲者が暑さや病気による頓死(とんし)と思われることが多い」

「頓死って?」

私がつぶやくと、マコトが

「突然死のことだよ……」

■24.弱点

「続けるね……川辺で子どもが遊んで水難に合わないように、“河童”伝説が始まったと考えられるが“影蝉”も、孤立して生活することの危険や、人が助け合うことの大切さを教えるために、作りあげられた妖怪ではないだろうか……って解説で終わってるけど

現に、こいつらは、本当に存在して人を殺して回ってるんだろう? どうしたら……」

「すみません、ほかには何か書いてなかったですか? 

例えば、弱点とか。影蝉が嫌がることとか」

とマコトが尋ねると、

「……うーん、こんなことが効くのかねえ。カラスの鳴きまねをすると、影蝉を遠ざけられる場合があるって書いてあるんだけど……」

なんでカラスなのか、叔母に聞いてみたが、それ以上のことは書かれていないし、わからないということだった。

「くれぐれも、ヤケにならないで。どうか、切り抜けられることを祈ってる……」

伯母が力無く言ったあと、

私は電話を切った。

■25.鳴きまねと効果音

マコトが即座に発声練習のようなことを初めて

「かぁあ! かぁああ!」

と鳴きまねをはじめた。

もちろん周りが奇異の目で見るだろうと思ったが、そうではなかった。

ちらりと私たちを見るだけで、みんな、何事も無かったように通り過ぎていく。

一瞬、わけがわからなかったが、すぐに思い当たった。

わけのわからないやっかい事に、みんな関わりたくないのだ。

無関心なだけではなくて、中には、スマホでマコトを動画撮影する若者までいる始末だった。

私は、その若者を引っ叩いてやりたい衝動に駆られたが、影蝉たちの暗躍を許している人間の脆さを改めて見せつけられたような気がする。

そんなことには、一切動じず、しばらくマコトが鳴きまねを続けてみたが、奮闘虚しく影蝉は、微動だにしない。

「ダメか……猫八師匠クラスじゃないと通じないのかもな。それじゃあ、これならどうだ」

「何する気?」

「俺の姉ちゃん、演劇部なんだ。演技ももちろんやるんだけどさ。音響、つまり、効果音も作ったり編集したりするんだよ」

「効果音? 爆発の音とか?」

「そうそう。ほかにもドラマや映画で、虫の鳴き声とか、鳥の声が聞こえてきたりするだろう? 撮影の時に、都合よくそんなものいるわけないから、全部、用意した効果音を再生させてるんだよね……

そういうものが、ネットに、フリー素材もとしてたくさんあってね……あった~! 生収録、鳥の声~! カラスなんてド定番だからな」

マコトは、素早く検索して、見つけたカラスの収録された鳴き声を流した。

大音響で、カラスの鳴き声が響いた。周囲の人たちは、あたりを見回した。一瞬、カラスが入り込んだと思ったらしい。

「どう?」

「……飛んでいった……いなくなった……」

私は泣き崩れた。

■26.街灯

時間は深夜にかかろうとしていて、私たちは貯水池の近くを歩いていた。街灯が寂しく道を照らしてる。

私たちは、バッテリーが切れないように、時間を空けながらカラスの鳴き声を鳴らして歩いていた。

効果はてきめんで、あれほど執拗だった影蝉の姿はまったく見えなかった。でも、

「カラスの効果音」を鳴らし続けていたら、さすがに、商店街の人に怒られて、私たちは逃げ出した。営業妨害するつもりではなかったんだけど……

「どうしようか……」

「こんな時間じゃ、どこも開いてないしな……そうだ、ラブホにでも泊まろか。ラブホの部屋なら音も漏れないし、充電もできる」

「あんたねえ! こんな時に、何、言ってんのッ!」

「冗談だよ! 制服姿の僕たちが入れてもらえるわけがないだろ?

それに、ああいう所は、案外人が少ないから、店の人を巻き込んじゃう可能性大だし……」

「ちょ! なんで? あんた、そんなに詳しいの?」

「い、いや、その……」

■27.大群

言い合いをしていたから、後ろから近づいてきている人間に私たちは、全然気づかなかった。

後ろから、男がマコトのスマホをひったくって、池に投げ込んだ。

「夜中にカーカー、カーカーうるせえんだよ! しかも、イチャコラしやがって!」

「アヤノさん?」

「うん……」

「なんだ、お前ら!」

言いがかり男は、私たちが明後日(あさって)の方向を向いているので、さらに腹を立てたらしい。

「たくさん! 数十匹ぐらい!!」

「クソッ、ヤッべえ!!」

「おじさん! ごめんなさい!」

私たちは、しばらく走り、振り返った。

激怒していたはずの男が静かに立ち尽くしている。

「ダメ! 何匹も、あのおじさんにたかってる」

「……こっちだ!」

「え? どこ行くの?」

■28.挑発

私は、引きずられるようにして、走り続けた。

影蝉たちの飛ぶ速度は、決して速くない。

しかし、蝉とは思えない持久力で、

影蝉の群れは、執拗に私たちを追いかけてくる。

「蝉っころめ。単純に追ってくるだけだな。

さすがに、隊を分けて待ち伏せなんて高度なことはしないか。

それとも……興奮して我を忘れてる?」

「何言ってんのよ! ダメだよ。もう私、走れない!」

「……スマホ貸せ!」

「効果音?」

「そんなの時間稼ぎにはなっても、決定打じゃないッ!」

「決定打? そんなもんあるの!?」

マコトと私は、公園の裏山のような所に向かっていた。街灯の明かりの中から、植栽された木々が黒々とそびえている場所に入ると、私が渡したスマホを、マコトは操作している。

「奴らは、どっちの方向??」

「あっちから!」

マコトは、影蝉の大群に対してフラッシュで撮影し続けた。

「なに、さらに煽ってんの!!!」

私は、錯乱したマコトからスマホを取り返そうとしたが、振り払われた。

凍てついた空気が、震えているようだった。増幅された影蝉の怒りは、まるで地響だ。

この空気は見たことがある。テレビで見たすべてを食い尽くすバッタの大群が進んでいく光景。

確か、聖書に集団で襲ってくるバッタの怪物の話があって、彼らは、堕落した人間に危害を与える権利を与えられていた……

長距離飛行ができる昆虫の大群……

たぶん、古代の人たちも、群れで飛んで来る圧倒的な脅威に、どうしようもない邪悪さと絶望を感じたに違いない。こんなふうに……

「来い来い来~い! 蝉野郎! 

カッカ頭に血を昇らせて集まって来い!!

うぉおおお! みんなぁー! 目ぇ覚ませー!!!」

マコトは、その辺の木の幹を蹴ったり、棒や石を拾って、手あたり次第に木々に投げつけたりしている。

マコトが完全に壊れた……

まったくの意味不明。

私は、座り込んだ。

■29.天敵

飛んでる影蝉たちが一瞬止まったような気がした。

これは?

ーーかぁあああ!!

カラスの声??

カラスの声が、あちこちの木々の間から聞こえ始めた。

「これで、どうだ! 

録音じゃなくて、本物のカラスをぶつけたらどうなる?!」

ここはカラスの群れのねぐらだったのか。

私は、ほっとしたような失望したような気持ちになった。

やはり、一時的に、退散させるだけではないか。

それででどうなる……こんな大群……

……え?

「どう? 影蝉たちの反応は?」

呆然と立ち尽くしている私に向かってマコトが言う。

「影蝉を……食べてる……逃げまどってる奴らをどんどん……」

「カラスが?」

「姿はカラスそのものだけど、カラスじゃないよね。

だって、影蝉に物理攻撃は通じないはずだから。

それに、あんな大きな蝉を次から次へと、底なしみたいな勢いで食べ尽くしてる」

「…………」

想像を絶する光景だった。数百羽のカラスがいる。

本物のカラスももちろんいるに違いないけど、混乱して逃げ惑っている影蝉を空中でキャッチし、引き裂き、かみ砕いては飲み込んでいる黒い鳥たち。

蝉に似た『何か』が影蝉であるならば――空を舞うカラスに似た『何か』。彼らは、きっと影蝉の『天敵』に違いない。

辺りに影蝉たちの悲鳴と、カラスたちの声が響きわたり続けていた。

■30.天狗

私たちは、朝帰りをして、双方の親にたっぷりと叱られた。

二人で出歩いて何をしていたのかと。

今回ばかりは母よりも、父の方が激怒して、マコトにつかみかからんばかりだった。

父よ……皮肉なことだけれど、そのいかにもなおバカ男子は、あなたたちよりも誰よりも、何もかも投げ出して私を信じてくれた命の恩人だ。

私たちは、そんな激怒なんかへっちゃらだった。

あの凄まじい人知を超えた者たちに比べれば、何も知らない親の小言など小鳥のさえずり程度である。

事が落ち着いたあと、マコトと話をした。あのカラスたちは、何だったのだろうかと。それに加えて、どうしてマコトが、あの場所がカラスのねぐらだと知っていたのかを、私は尋ねた。

彼によると、幼いころに、夏休みの自由研究でカラスをテーマにしたことがあったらしい。

それにしては、あの下手な鳴きまね……思い出して、私は思わず苦笑した。

天敵の話になると、マコトはうなずいた。

「子どもの頃、傷ついて飛べなくなってたカラスを助けて、餌をやってたことがあってさ。それで、カラスに興味があったんだよ。

でも、ある日、そのカラスはいなくなった。とても悲しかった。

当時生きてた、じいちゃんが言ったんだ。

『賢いカラスは、大天狗様にスカウトされて、烏天狗になるんだ。

ほら、あそこの遠くのカラスの群れに、少し違うのがいるだろう? 

あれが、烏天狗だ』って」

「え? それって……」

■31.孤独な都市

「もちろん、傷ついたカラスはどこかで死んだんだと思う。

じいちゃんは、それを僕が気に病み過ぎないように、言ってくれてたんだと思うよ。

だけど、そのことを思い出して、気がついたんだ。

カラスは不吉な鳥として扱われることが、ほとんどだけど……

カラスを神の使いとして祀ったりすることもある。なんでだろう?って……」

私は、聞いていて、ぞくりとした。

「影蝉がカラスの鳴き声を嫌がるっていう伝承と、カラスのいろんなことを思い出して

……本物のカラスだったら、何かあるんじゃないかって思った。

それで、影蝉に我を忘れさせるために、煽りに煽って、あの場所に誘導した。

本当に一か八かの賭けだった……

結果論だけど、影蝉がたくさん集まってくれたから、カラスたちも反応が良かったのかもしれない。

昔の人たちは僕らなんかよりも

――動物ほどではなかったとしても――

もっと影蝉を感知できたんじゃないだろうか。

アヤノのご先祖さまもそうだったみたいだしね。

それで、動物……特に、カラスが特別な存在だって知っていた。

それは、カラスの中に紛れてる”僕たちの知らない未知の何か”。

それも、かなり”強力な奴”がいることがわかっていたんじゃないかな……」

あれから私たちは、影蝉に出会うことは、二度となかった。

影蝉たちが、不思議なカラスたちに一匹残らず食い尽くされたのか。

あるいは、まだ生き残っているけれど、もう私たちにうんざりして諦めたのか。

どちらなのかは、わからない。

でも、私たちの地域で、孤独なうちに亡くなっていく人の数は、相変わらず減っていない。

                               (了)