閃光花火

登場人物

  • レント(男):男子高生
  • マナ(女):女子高生
  • ケンヤ(男):男子高生
  • 語り(男):兼ね役可

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約8分30秒(2547文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文


語り: それは、夏の夜を一瞬だけ光に染めた。星がまばらに見える夜の八時。大通りに並ぶ出店の、陽気な灯り、雑踏、人混み、それらから発せられる熱気。煙のにおい。そのどれもが好ましく、そして、どこか懐かしく感じられる。そんな不思議な空間で、一発の花火が打ち上がる。花火を見つめる男女が一組。「綺麗…… 」彼女の口元から呟きが溢れる。彼氏は頭に浮かんだありきたりな台詞を打ち消し、何か代わりになる言葉を探すが、その決着はつかないまま、次の花火が打ち上がる。「あのさ…… 」あせって言葉を紡ごうとした結果、結局は二の句が継げず、推し黙る彼氏。しかし、彼女は微笑み、何かを察したようにうなずく。それから、彼氏の手を柔らかく握った。彼女は彼氏を真正面に見据えて、ゆっくりと目蓋を閉じる。彼氏は彼女の肩を抱き、唇を重ね合わせ……。

レント:苦手だわ〜。そういうの。っていうか妄想入りすぎじゃね? 大丈夫かよ、ケンヤ

ケンヤ:うるせーよ、レント。彼女いねーんだから、せめて妄想くらい自由にさせろよ。あ〜あ。やっぱ、彼女いるやつは余裕があっていいねぇ。今日の花火大会もマナちゃんといくんだろ? うらやましいねぇ

レント:彼女がいるってのは、そんなにいいもんじゃないよ

ケンヤ:はああ? お前、本気で言ってんの? あんなかわいい彼女いて、よくそんなこと言えるな

レント:いや、そりゃ、まぁ……

ケンヤ:アレだろ? お前がいつも言ってる持論! 彼氏彼女なんてのは、結局、顔とか頭のデキとか、そういうもんが同じレベル同士が 付き合うんであって、愛だの恋だの言ってんのはバカだってやつ!

レント:お、おい

ケンヤ:クラスの連中見てたら確かにそうだもんなー。イケメンと美女!  学年一位と二位! 同じくらいのレベルのやつが付き合ってるもんなー

レント:あのー、ケンヤくん、ちょっと黙ろうか

ケンヤ:え? なんでよ? …… おわっ ! マナちゃん!? い、いたんだー。気づかんかったー。あはは

マナ:ケンヤくん、こんにちは

ケンヤ:あ、うん。こんにちはー。 …… 感想はどう?

マナ:うーん。彼氏の恋愛観が聞けて、……有意義、だったかな?

ケンヤ:そっかー。あははは。 じゃ ! また来週な、お二人さん!

SE <走り去る足音>

レント:…… あいつ、いっつも逃げ足速いんだよな

マナ:さてさて、レントくん。ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?

レント:ああ、いいとも。 なんか変な雰囲気にしちゃったことだし。なんでもこい

マナ:じゃ、今日の花火大会。一緒に行ってくれ るよね?

レント:あー。人混みが嫌なんだよなー

マナ:ちょっとー。話が違うんですけどー?

レント:嘘だよ。いくよ。七時集合でいい?

<SE>祭りの雑踏

マナ:あ、きたきた。どう? この浴衣

レント:すごい…… 水色だ

マナ:あはっ、何それ。褒めるの下手すぎー

レント:…… (小声で)綺麗だ

マナ:なに〜? 声が小さくて聞こえないんだけど?

レント:いいから、行こ

マナ:ちょっと待ってよ〜。あ! あそこりんご飴ある! 買ってこーよー

レントN:大通りの両側に並ぶ出店。少し汗ばむような暖かい空気。俺は彼女と二人で大通りを歩く。水色の浴衣で、りんご飴をかじりながら歩く彼女は完璧であるように見えた。十七歳の男女が二人、連れ立って歩く姿。青春モノの映画に出てくるような、世の高校生が理想として描くような…… 。だけど、俺の中では、どうしても違和感がある。この状況は、本当に俺が自分の意志で選んだものなのだろうか。マナはクラスの中でもかなりかわいい方だし、成績だって悪くない。性格も。彼女に対して不満なんてない。不満なんてないから、俺は不安になる。俺は、クラスの中で、自分とレベルの合う女子を選んで、彼女にした。それだけなんじゃないだろうか。そんなの、愛でも恋でもなんでもない。ただの事務作業というか、自然の摂理というか、 とても平凡で退屈なものなんじゃないだろうか。

マナ:さ! 次はたこ焼きにしよう! ん? どしたの、レントくん? 難しい顔して

レント:…… 人混みに酔ったんだよ。悪いけど、もう帰らない? ちょっと気分悪くなっちゃってさ

マナ:え、大丈夫?……じゃ! 帰ろっか!

レントN:浴衣まで用意してきてくれた彼女に悪いとは思いつつ、俺はこの状況に耐えられなくなっていた。 遠くなっていく祭りの喧騒を聞きつつ、俺たちはゆっくりと歩く。

マナ:あのさ、さっきのケンヤくんが言ってた話……

レント:ああ。気にしないで。あれはケンヤが勝手に……

マナ:私、それでいい

レント:は? それでいいって……

マナ:それでいいの。クラスの中でなんとなく同じレベルだから付き合ったって。とりあえず手近な存在だから付き合ったって。…自分のいやらしい 欲望をぶつけるために付き合ったって。別にいいの

レント:俺、そこまで言ってない

マナ:私は、ただ、レントくんと一緒にいられたら、それでいいの

<SE> 打ち上げ花火の音

レント:お前、それ。将来、悪い男に騙されるぞ

マナ:え? レントくん、私を騙してるの?

<SE>打ち上げ花火の音

レント:そんなわけないだろ

マナ:じゃあ、大丈夫。私はずぅっと、レントくんしか見てない から

<SE>打ち上げ花火の音

レント:お前、ずるいな

マナ:えー? なんのことー? …っていうか、さっきから、花火、スルーしすぎじゃない?

レント:いいんだよ、これで

レントN:遠くに 聞こえる花火の音を置き去りに、俺たちは見つめ合う。長い人生の中で一瞬しかない、閃光のような眩しさの中に、二人は立っていた。