登場人物
- 田井中(女):23歳
- 細野(男):29歳
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約11分0秒(3300文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
SE オフィスの環境音
細野 「田井中、これ、お前のだろ」
田井 「あ! よかったぁ。探してたんですよ~」
細野 「気ぃつけろよぉ? それ、社外秘だし」
田井 「ありがとうございますぅ。細野さんは命の恩人ですぅ」
細野 「おうよ」
田井 「…あの、細野さん? 今日の忘年会って参加します?」
細野 「ああ、行くけど」
田井 「ふ~ん。じゃ、私も行こっと。(鼻歌を歌いながら去っていく)」
細野 「なんだありゃ。…ふぅ。俺もこの会社に随分馴染んじゃったなぁ。…ま、案外こういうのも悪くねえな」
SE 忘年会会場の居酒屋の環境音
細野 「オエッ…。気持ちわりぃ」
田井 「も~、細野さん飲み過ぎですよぉ。はい、烏龍茶」
細野 「悪いな。ング……ゴフッ! 田井中ぁ。これ、
ホントに烏龍茶か?」
田井 「あ! いっけなぁい! それ、私の烏龍ハイでしたわ! 水! お水どうぞ!」
細野 「み、水。ング………ブハァ! アアアアア!」
田井 「細野さぁぁぁん! …だいじょぶ?」
細野 「田井にゃかぁ、ほれが飲んだそれはな、なに?」
田井 「スピリタスであります!」
細野 「ひ、ひい…。なんでいざかやにそんなものが」
田井 「細野さん、どこに行かれるんですか?」
細野 「ト、トイレ…」
SE トイレの流れる音
細野 「ハア、ハア…き、きつい…なんだあいつは…。俺を殺す気かよ。ハア、ハア…しかもつまんねえ大学生ノリみたいなやり方で」
田井 「だーいじょーぶでーすかーあ?」
細野 「ひ…なぜ…? 鍵をかけたはず」
田井 「これで開けました! ジャーン」
細野 「ハア、ハア…なんだそりゃ…。ピック? 田井中、音楽やってんの?」
田井 「も~、酔っ払ってて気づかないんですね? ほら、背中さすってあげますから。全部吐いちゃいましょ。楽になりますよ~?」
細野 「ハア、ハア…オエ…」
SE 回復する音(ドラクエで宿屋に泊まる音みたいな)
細野 「…ああ。あ~。気持ちわりぃ。…あれ、ここは…」
田井 「ん~…むにゃむにゃ」
SE ベッドの衣擦れ
細野 「おいおい…。マジかよ…。このご時世に俺はやっちまってんじゃねぇかよ…。
てことは、ここは田井中の部屋か…。意外と片付いてんだな…。…なんであのギターが…。
いや、今はそれどころじゃない。ああ! もう!
俺はまたやっちまってんのか?
早いとこ、ここから出ないと…」
SE カシャ(シャッター音)
田井 「おはようございまーす。えへへ」
細野 「おい田井中…。画像なんか撮ってどうするつもりだ」
田井 「何って。記念ですよ記念。…別に独身同士なんだし、いいじゃないですか~。そんな顔されちゃったら私だって傷ついちゃうんですけど」
細野 「お前の乙女の部分なんて知らん。…ああ、もう!
俺は身持ちが固いで通してるんだよ!」
田井 「へえ…。でも、もう関係なくないですか?
とっくに引退してることだし」
細野 「そういう問題じゃなくて、俺の生き方としてだな…! あん? 引退?」
田井 「細野春生、『ハッピーエンピツ』のリードギター、作曲担当、好きなお菓子は…」
細野 「ちょい待て…。お前、知ってたのか」
田井 「知ってたも何も…。私がこの会社に入社したのは、あなたに会うためです。細野さん」
細野 「はあ…。それで、あのピック、あのギターか。
それにしても気合い入ってんのな。あのギター、それなりに値段するだろ」
田井 「当時学生でしたからね~。バイト頑張りました! だって買うしかないですもん。細野さんのシグネイチャーモデルですもん」
細野 「…がっかりしたろ? スキャンダルで事務所クビになって、業界から干されて、フツーにサラリーマンやってるただのおじさんで…」
田井 「そんなまさか! ライブで観る細野さんは大好きでしたけど、オフィスを仕切るシゴできおじの細野さんも最高です! 最高ですとも!」
細野 「そうかい。まあ、それなら尚更だな。過去はどうあれ、言われてる通り、俺はただの会社員。ギターなんかもう何年も触ってねえ。何が目的かは知らんが、もういいだろ。…帰らせてもらうぜ」
SE ベッドの衣擦れ
田井 「待ってください。…細野さん、どうしてやめちゃったんですか」
細野 「…いやいや、だからスキャンダルで…」
田井 「細野さんは、やってないんですよね?」
細野 「いや、お前もファンだったなら週刊誌とか見てるだろ」
田井 「でも、その、なんというか、…さっきシたとき、あまり慣れてないようでしたから」
細野 「…お、お、おう。そうか。マジか。…すまん。本当に全く記憶がないんだが、…どこまでいった?」
田井 「…最後まで」
細野 「…ガ! …ゴ!」
田井 「だ、大丈夫ですよ! ちゃんとしてますから。
…と、とにかく! 細野さんが音楽辞める理由なんてないと思うんです!」
細野 「…ちょっとショックが大きくてな。ソファー借りるぞ…」
SE ソファに腰掛ける
細野 「確かに、確かに俺は身持ちが固い。スキャンダルも捏造だ。別に業界関係者は皆、分かってくれてる。…その、なんというか、俺の身持ちが固いのは業界では有名なんだ」
田井 「ファンの間でも有名です」
細野 「…そうだったのか。ちょっと泣きそうなんだけど」
田井 「続けてください」
細野 「はい。…スキャンダルになる少し前から、俺の音楽へのモチベーションは下がってた。以前のように曲が書けない、演奏が音楽的じゃない、メンバーとの関係性…。俺は音楽を辞めたかった。…と、いうより、音楽を続ける理由がなかったのかもな」
田井 「…そうなんですね。それで…」
細野 「ああ、だから俺はもう…」
田井 「良かったぁ!」
細野 「は?」
田井 「あ、失礼。…だってですよ? そういうことであれば、細野さんが音楽活動を再開するための障害は何もないわけですよね?」
細野 「いや、だから、モチベーションがないって」
田井 「それは私に任せてください! とっておきの方法があります!」
細野 「はあ…。もういいだろ」
SE ソファから立ち上がる
細野 「もう帰るからな」
田井 「シャシン」
細野 「田井中、お前…」
田井 「さっきの一枚だけじゃないですからねー。記念の写真は」
細野 「なんてこったよ…。お前なぁ」
田井 「…細野さんがホントのホントに辞めたいんなら、無理に復帰させようなんてしません。でも、そうじゃないですよね?」
細野 「…お前に何がわかるんだよ」
田井 「あの、細野さん、覚えてないんですか?
酔っ払って、『復帰したい!』、『後悔してる』ってめちゃめちゃ叫んでたから」
細野 「それを先に言ってください」
田井 「…お酒、控えた方がいいかも」
細野 「…もう俺が何言っても強がってる風になっちまう。でもな、プロで音楽やってくのはそんなに簡単に決められるもんじゃないんだよ。才能があって、努力もしてて、それでも運がなくてプロになれない。そんな連中が何人もいる。そういう奴らがいるの知ってて、俺はどんな顔で復帰すればいい? お前がファンだから復帰してほしい気持ちがあるのは理解できるし、ある種ありがたいことでもあるが、やっぱり、俺は…」
田井 「…ぐぅ」
細野 「寝てるんかい。…そういやこいつも相当酔っ払ってたからな。…なんなんだよ、ったくよぉ」
SE 朝(ススメが鳴く、トラックが走る)
SE ガバッ(ベッドの衣擦れ)
田井 「やば! 寝てた!」
SE カチャ(マグカップをテーブルに置く)
細野 「勝手にコーヒー入れさせてもらったぞ。飲むだろ?」
田井 「あ…。ありがとうございます。
…あの、逃げなかったんですね?」
細野 「逃げても意味ないだろ。同じ会社だし」
田井 「たはは…そうですね」
細野 「お前、サダヒトの妹だろ」
田井 「ひい! …え~?なんのことですかね~?」
細野 「そういうのいいから。もう兄貴の方から裏は撮ってあんだよ」
田井 「ぐう…。シゴできおじめ…」
細野 「回りくどいことしてないで、最初から言ってくれたらいいのによ」
田井 「兄は当時から引き留めてたらしいですけど」
細野 「…まあ、色々あってな…」
田井 「まあ、兄はモテますからね」
細野 「…俺が身持ちが固いのと音楽引退は関係ないからな。一応言っておくが。…そろそろお暇するよ」
田井 「…あの、せめて、最後にギター弾いてもらえませんか?」
細野 「…さっき弾いたよ」
田井 「え、ほんとに? あのギターで? うわぁ!
もっかい! もう一回弾いてください」
細野 「そうだな。次はステージの上から聞かせてやるよ」
田井 「…ほんとに?」
SE ドアが閉まる音
田井 「いい、いやったぁ! やった!やった!やったー!」
SE ヴーヴーン、 ヴーヴーン
田井 「はいはーい、お兄ちゃん? アハッ!? 冗談だよ。 ありがとうね。田井中さん。んー。細野さんはもう帰ったよ。うん。今後ともよろしくねー? …そうだなー。細野さんが復帰して三年くらいしたら、消してあげるから。うん。シャシン」