登場人物
- 僕(男):男子大学生
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約3分0秒(826文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
残暑の厳しい 昼下がり、バイト帰りの僕は喫茶店に寄ることにした。
まだ彼女と付き合っていた頃、よく 二人で行っていた、あの喫茶店だ。
SE <喫茶店入口のベル>
店内に入ると、真っ直ぐに窓際のボックス席に座る。いつも座っていたあの席だ。テーブルの端にはガラスで作られた鯨の置物があって、陽の光を受けてほのかに光っている。
僕:ここは何も変わらないな。…… 当たり前か
店内の冷房が肌寒く感じたので、暖かい紅茶を注文した。この店で紅茶を注文したのは初めてだ。あの頃の僕はコーヒーしか頼まなかった。紅茶を注文していたのは、…… 彼女だ。こんなことを思い出しても、あまり心が動じないのは、もう十分に時間が経ったからだろう。彼女との思い出が僕の中で消化されてゆくまで、それほど時間は必要なかったようだ。
店主:お待たせしました。ホットティーです
紅茶が運ばれてきても、口をつける気にはなれなかった。ほのかに甘い香りを感じながら窓の外を眺めると、下校中の学生たちが笑顔で歩いている。その光景は、どこか作り物じみて感じた。窓の外の風景に飽きて、視線を落とすとガラスの鯨に目が留まった。涼しげに透き通ったそれから、なぜだか目が離せなくなった。
SE <ドクン、ドクン>
予感があった。両の掌で包み込むように鯨をつかみ、持ち上げる。すると、そこには、折り畳まれた小さな紙の切れ端があった。そいつを摘みあげて広げると、そこには、几帳面で角ばった独特の癖でもって、メッセージが記されていた。この字は、間違いなく、彼女のものだった。
僕:『ごめんね』、だってさ
僕は、その手紙を元通り丁寧に折り畳むと、胸ポケットにしまった。紅茶のカップを口元まで持ち上げて、傾ける。冷え切った紅茶の苦さを噛み締める。あの時の彼女もこの味を感じていたのだろうか。
胸ポケットにしまった手紙をどうするか、僕はまだ、決めることができない。