登場人物
- 佐藤(男):毎日を平凡に生きている男
- 小森(男):佐藤の高校時代の同級生
- 高根木(男):トータルアドバイス業を営む男
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約27分30秒(8250文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「工事現場」というテーマで書いた作品です。現場というよりも工事のほうに引っ張られた作品となりました。理想の姿になれたとして、そこに「自分」の姿が少しも残っていなかったらどう感じるだろうか、というのが書きたかったものです。今回はこういうオチにしましたが、選択は人それぞれだと思いますので、自分ならどうするだろうか、を考えながら読んでいただくのもよいと思います。
ディレクションとしては、冒頭、スマホの通知音から入りますが、あえて文章ではなく擬音で書いておりますので、音声化していただく場合にはSEで表現することをおすすめします。コンビニ前で電話がかかってくるシーンなどもそうです。その他にも、SEで代替できる箇所があれば、文章を読まずにSEを使っていただいても構いません。ご自由にどうぞ。
本文
ピコン。
……。
ピコン。
…………。
ピコンピコンピコン。
……うーん。
ピコンピコンピコンピコン。
「――だー! なんだもう、うっさいな! 勘弁してくれよほんとに!」
休日の朝。
つらく苦しい五日間を乗り越え、ようやく辿り着いた貴重なヒーリングデーを、俺は最悪の気分で始めた。
アラームをかけずにいつまでも寝られるのが休日の醍醐味だというのに、スマホの通知音に起こされたのだ。システム保守という仕事柄、緊急時には休日でも連絡がくることがあるので、どんなに深く眠っていても反射的に起きてしまう自分が恨めしい。
電話がないだけ緊急度は低いが、何かトラブルでもあったのだろうか。とても嫌な気分になりつつ、スマホの画面を見る。
するとそこには、世にも珍しい吹き出し型のアイコンが表示されていた。メッセージアプリのアイコンだ。全国民の八割が利用しているため一応俺のスマートフォンにもインストールしてあるが、連絡する相手など皆無なので出現頻度はソシャゲの最高レアリティ以下という代物である。
「一体誰だ……?」
俺は少々怯えながらそれをタップした。連絡先を知っているとしたら学生時代の友人や同級生くらいだが、そうだとしたらマジで怖い。唐突に、脈絡もなく降ってくる昔馴染みからの連絡は、何か良からぬものへのお誘いだったりするからである。よく分からない水やら教材やらを売りつけられたりする事例は枚挙に暇が無い。
しかしそれは、幸いにも無害な連絡だった。
「同窓会?」
スマホの画面に表示されたのは、学生時代にクラス全員が入っていたグループだった。要約するとそれはまさに同窓会へのお誘いで、発起人はとある男子らしい。いやまあ男子と言っても、俺と同級生なので当然もうおっさんなわけだが、それはともかく、どういう経緯かは知らないが久しぶりにクラスのメンツで集まろうぜ! 的なことが書いてあった。
そういえばこいつ、クラスの陽キャグループで目立ってた奴だったなあ、と、学生時代に思いを馳せる。イケメンというわけではなかったが、明るくてユーモアがあって、俺みたいな陰キャにも優しかった記憶がある。だから決して嫌な奴というわけではないのだが……。
ま、だからといって行くわけないよね、こんなの。
俺はアプリの通知をオフにして放り投げた。画面の上では即レス組の陽キャたちが久しぶりの親交を温めているが、当然そんなのに混ざれる俺ではない。
混ざったところであいつらも困るだけだろうし、陰キャは陰キャらしくだんまりを決めておくのが吉というものだ。落ち着いたら、一応欠席の連絡だけしておくとしよう。
そう思いながら、俺は再び眠りの沼へと落ちていった。
「いらっしゃいませー」
すっかり日も落ちた二十時過ぎ。がっつり寝てすっきり爽快無双状態になった俺は、近所のコンビニに夕飯を買いに来ていた。
本当は少し歩いてスーパーまで行くべきなのだろう。そのほうが圧倒的に安上がりなのだし、焼け石に水だが運動にもなる。財布にも体にも優しい、賢い選択だろう。
けれども俺は面倒くささを理由として、その労力よりも金を払うことを選んだ。五分歩くより、三十秒で着くコンビニがいい。ある意味贅沢な選択をしたとも言えた。こういう積み重ねのせいで、ロクな趣味もないくせに貯金が増えないのだと思う。自覚はある。とはいえ節約のモチベーションとなるような欲しい物も目標もないので改善する気はなかった。
もしかすると、こうして無駄に不健康な散財をすることが、唯一の趣味なのかもしれないな。……我ながら悲しい人間である。
「ありがとうございましたー」
せめてもの抵抗として持ち込んだマイバッグで五円を節約し、俺は店を出た。空腹時に見て回るコンビニとは恐ろしいもので、今回も色々余計なものを買った気がする。しかし後悔はない。
さーて、デザートのアイスが溶けないうちに帰るとしますかね。
ブーブーブー――
「あ? 電話?」
唐突にポケットの中でスマホが震えた。明日は雪でも降るのかってくらい、今日は俺の電話がよく鳴る日だ。画面を見ると、これまた久方ぶりに見る名前だった。一瞬どうしようか迷ったが、さすがに出ることにする。
「……もしもし?」
『あー、佐藤? 俺、小森だけど。ほら、高校のとき一緒だった。……覚えてる?』
電話口の相手は、緊張からか少しこわばりながら名乗った。とても懐かしい声だ。途端に十代のあの頃が蘇り、制服を着た小森の顔が頭に浮かぶ。
「……ああ、うん。覚えてるよ。さすがに。散々昼飯一緒に食っただろ」
どことない照れくささから、語尾に笑いが混じる。俺は自分の口角が上がっているのを自覚しつつ、誤魔化すように夜の暗がりへと足を向けた。
俺と小森は高校時代、よくつるんでいた友人だった。どちらも教室ではひっそり隅にいるようなタイプだったから、自然と気が合って……というか、ある意味でお互いの自衛のために一緒にいたような気もする。
高校三年間、俺がぼっちのレッテルを貼られずに済んだのは、似たような境遇にいた小森のおかげだった。小森とてそうだろう。俺達は、明るく社交力のあるクラスメイトたちの視線から逃げるように、ふたりで固まって過ごしていた。同じクラスになれたときはもちろん、クラスが分かれてしまった二年の頃だって、昼休みなどはほとんど一緒にいた記憶がある。悲しきかな、部活にも入っていなかった俺には、小森の隣しか居場所がなかったのだ。
クラスのあぶれ者が、野郎二人でこそこそと過ごす。端から見れば灰色の青春だろう。いや、当事者から見たって、せいぜい茶色くらいの青春だった。お互いヒョロガリだったから、ゴボウ色の青春とでも言おうか。それでも今思えば、あの三年間こそ、俺がきちんと友人づきあいをしていた最後の時間だったように思う。漫画の貸し借りをしたり、帰りにアニメショップに行ったり……今はもう、失くしてしまったものだ。
「急に電話なんかかけてきて、どうした?」
俺はすっかり懐かしくなって、どこかあの頃のような調子で聞いた。敬語以外で誰かと電話をするなんて、いつぶりだろうか。
小森も俺のそんな様子に引っ張られてか、あるいは、覚えてもらえていたことに安堵してなのか、硬さの取れた声で答えた。
『あ、いや、昼間の連絡、見た?』
「おー見た見た。あれだろ、同窓会のやつ。朝っぱらからアレに起こされて腹立ったわ」
『あはは、連絡来たの昼前だったけどな』
「午前中は朝だろ。で? それがなに?」
『いや、佐藤は行くのかな、と思って。俺だけ行ってもしょうがないってか、ぶっちゃけ他のクラスメイトと会ったって、話したいことないからさ。もし佐藤が行くなら考えようかな、と』
「ふーん、なるほどな」
自然と頬がゆるむのが分かった。スマホ片手に、ニヤニヤしながら夜道を歩く怪しいおっさんの爆誕だ。しかも相手は同世代のおっさんである。
けれども、俺はどうしようもなく嬉しかった。何が、なんてもはや言うまでもない。日々摩耗していくだけの社会の歯車は、今この瞬間だけ教室のゴボウになっていた。
――だから、だろう。
「同窓会なんて行く気なかったけど……どうせなら、ふたりでやるか?」
気付くと、そんなことを口走っていた。端的に言えば、浮かれていたのだ。
それから約一ヶ月が経った今――あの選択をひどく後悔している。
「どうすんだよこれ……」
小森との約束の日が翌日に迫った今日、俺は頭を抱えていた。
押し入れをひっくり返したかのように衣類で散らかる部屋。それを背景にして姿見に映るのは、Tシャツにパーカー、ジーンズ姿の冴えない男だった。
馴染みの千円カットでとりあえず短くしてもらっただけの髪、ところどころフレームの塗装が剥げている眼鏡、使用感があるどころかクタクタすぎるリュック。
中学生がそのまま歳を取ったような風貌だな、と自分で思った。ここに、日頃から履いている薄汚れたスニーカーを合わせればコーディネート完了である。……最悪だ。
スーツでも寝間着でもスウェットでもない自分の姿を見るのは久しぶりだったが、まさかこんなにも惨めになるとは思わなかった。部屋の惨状を見れば分かるとおり、一応これでもマシな服を選んだつもりなのだが、どうにもしっくりこない。これがおじさんになったということなのか、昔はもう少しマシだった気がするラフな格好が、劇的に似合わなくなっていた。
率直に言ってダサい。なんというか、うっすらとみすぼらしさすらある。近所のコンビニには行けるかもしれないが、到底人と会う格好ではないだろう。センスのない俺でも、それは分かった。
かといって、ここからどう手を加えればマシになるのかは、皆目見当がつかなかった。ネットで調べればいくらでも情報は出てくるのだが、どこか別世界の話のようで、どんなコーディネートも自分にはハードルが高すぎるように思えてしまう。
プロからアドバイスをもらおうにも、そもそも、プロの元に足を運ぶ勇気が出なかった。自分の姿を見れば見るほど、こんな奴がアパレルショップに行くのは許されない気がしてきてしまう。こんなダサさはもはや犯罪だろう。この風貌で店員さんに声をかけようものなら、ダサ私服陳列罪で通報されてしまう恐れすらある。
となれば俺に縋れるのはネットの海しかなかった。何とかネットの知識だけでどうにかするしかない。俺は必死に荒波をかき分け、より遠洋へと泳いでいった。
するとその甲斐あってか、数十分後、水平線の果てにとある光を見つけた。
「――と、いうわけでして」
俺は都内にあるとあるビルの一室に足を運んでいた。
そこは、木製の家具が並び、木の香りがする、都会の森のようなオフィスだった。俺は今、革張りのテーブルに腰掛け、出されたお茶をすすりながら、ここに至った経緯をひととおり語っていた。
目の前に座るのは、このオフィスの主。先ほどもらった名刺には、高根木 耕介という名前とともに「ライフ・リノベーター」という肩書きが書かれている。
ホームページを読んだ限りの理解だが、ここ「ライフリフォーム」さんは、一見工務店のようでいて、人生に関する様々なアドバイスをしてくれるお店らしい。人生のトータルアドバイザー、人生コンサルとでもいうのが妥当だろうか。
それだけだと何とも胡散臭いのだが、俺がここに駆け込んだ理由は、そのページに記載されていた「利用者の声」にあった。
そう、まさしく俺と同じように、服装や見た目に悩む人の声がたくさん書かれていたのだ。もちろん、それもどこまで本当なのかは分からないところなのだが、ひとつずつ細かく紹介されている事例の数々は、ねつ造にしては手が込みすぎていると感じた。
それに、高根木さんが俺と同世代のおっさんというのも大きかった。アパレルショップのお姉さんには到底話しかけられる気がしないが、同じおっさんならまだ相談しやすい。値段も手頃だったこともあり、最終的には自分の直感を信じて、藁にもすがる気持ちで飛び込んだというわけだ。
「……なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」
俺の話を一通り聞き終えた高根木さんは、何やら書き込んでいた手元のメモから目を離し、柔和な笑顔をこちらに向けた。
「佐藤様のお話をまとめますと、数年ぶりに無二の友人とお会いになるので、恥ずかしくない服装をしたい、ということでございますね」
「まあ、そうですね、はい。……なんか、改めて要約されるとしょーもない悩みですね、すんません」
「いえいえ。素晴らしいことだと思います。佐藤様のセンスは輝けば光ることを確信いたしました」
「センス?」
「はい。佐藤様はファッションが分からないとお悩みですが、実はすでに、基礎はできております」
「そう、なんすか?」
「ええ。真にファッションが分からない、あるいは興味がない方というのは、こうして相談にも来られません。現状ではまずいかもしれない、と思われた時点でセンスがおありですし、なにより、労力をかけて、より良くしようという心意気こそ、ファッションの基礎でございます。おしゃれな服装とは、ご自身に似合うというのはもちろん、お会いになるお相手、時間帯、場所にも合っている服装のことですから、考えること、思いやることが大事なのです」
「ははあ……ドレスコード的な?」
「ええ、そうお考えいただくと分かりやすいでしょうね。格式高いレストランなどでは、相応の格好を求められる――それと同様に、お会いになるのが室内なのか野外なのか、季節はいつなのか、体を動かすのかそうでないのかなど、様々な条件に応じて、選ぶべき服というのは変わってまいります。――例えば、燕尾服。結婚式などにおいては格式高く、よいとされる燕尾服ですが、それを着てサッカーはしませんし、焼肉食べ放題にも行かないでしょう? 今回の場合は同窓会ですが、仮に、佐藤様が燕尾服で同窓会に向かわれたとしたら、お相手はどう思われるでしょうか」
「まあ、ぎょっとするでしょうね。気合いが入りすぎているというか……正直、一緒に歩きたくはないかも。なんか浮いてて恥ずかしいし」
「それがお分かりでしたら、素質は十分、ということになります。素晴らしいですね」
高根木さんと、周りにいたスタッフさんがこちらに向けて小さく拍手をしてくれた。少々持ち上げられ過ぎている感じもあり、気恥ずかしいが、悪い気分ではなかった。
「そういうわけですので、佐藤様のお悩みは今すぐにでも解決できると考えております。――が!」
「が?」
「せっかく弊社まで足を伸ばしていただいたのですから、服装以外にも色々とお手伝いさせていただければと考えております。……ああいえ、追加料金等は発生しませんのでご安心を。できるだけお客様の悩みを減らす……弊社ではこれを『コンプレックス・リノベーション』と呼んでいますが、どうかそのお手伝いをさせてはいただけないでしょうか?」
「はあ」
高根木さんの静かな熱意に押され、生返事が口から漏れた。高根木さんの表情は変わらず柔らかかったが、どこか圧を感じる。それは自信の表れゆえなのか、はたまた、スタッフさんに囲まれている現状がそう感じさせるのか、いずれにせよ、顎に手を当てて少し考えてみることにした。
コンプレックス・リノベーション。和訳すると、劣等感の刷新、だろうか。造語だろうが、言わんとするところは分かる。人は色々とコンプレックスを抱えているものだ。それらを総合的に改善することこそ、この店の真骨頂なのだろう。
「まあ、料金が変わらないって言うなら……」
結局俺は、提案を受けることにした。こんな提案をされたということは、高根木さんから見た俺はよほど、改善点の塊なのだろう。腹は立たなかった。事実、山ほどあると思うからである。それが追加料金なしで解消されるのなら儲けものだろう。
それから俺は、高根木さんやスタッフさんに促されるまま、ありとあらゆる悩みを吐き出していった。
髪型のセット方法や、おしゃれな小物の相談といった服装に近しいところから始まり、終盤には、給料が少ないこと、仕事が楽しくないこと、もっとイケメンになりたいことなど、半分愚痴のようなことまで話してしまった。
これがライフ・リノベーターの手腕なのだろう。初対面なのに、するすると内面を引き出される。この人なら悪いようにはしない。そんな、不思議な信頼感がオフィスを満たしていた。
「――あとはそうだなあ、実は「佐藤」って名字もあんまり気に入ってないんですよね。ありふれているじゃないですか。もっとかっこいい名字ならよかったのに、と思ったことはありますね」
「なるほどなるほど。ならではのお悩みですね。……他には何かございませんか」
「うーん……いえ、そんなところかなと思います。さすがにもう出し尽くしました。いやあ、我ながらありすぎですね、コンプレックス」
「いえいえ、案外皆さんこんなものですよ。どんなに完璧に見える人でも、何かしらには悩んでいるものですから」
「そういうものですか。それにしたって、しゃべりすぎた気がしますけどね。高根木さん、聞き方が巧いから。自覚してなかったものまで気付かされた感じで。多すぎて追加料金なしなのが申し訳ないんですけど、アドバイス、よろしくお願いします。さすがに全部は難しいでしょうけど」
「いえ、もちろん全部改善いたしますよ。ライフ・リノベーション社の威信にかけて。――おい」
高根木さんが手を二回叩いた。すると、周りにいたスタッフさんが一斉に俺の近くへ歩み寄ってくる。
「な、なんですか? え?」
本能的に恐怖を感じ身を縮こめた俺だったが、次の瞬間、スタッフさんの両腕が一斉に俺の四肢へと伸びた。
「え? あっ、ちょっ! なんで持ち上げっ! 高根木さん!? え、力つよ! 皆さん力強くないですか!? ちょっと――」
「……いってらっしゃいませ、佐藤様」
「――様、白峰様」
目を開けると、高根木さんが俺を覗き込んでいた。
「う、うん……?」
わずかに残る眠気に、己がいつしか眠っていたことを自覚する。恐るべき力を持ったスタッフの皆さんに別室へと運ばれ、カプセルのようなものに押し込まれたことは覚えているが……いまいち、自分の現状が把握できない。
「白峰 涼様。リノベーション、完了でございます」
「完了って……というか、その白峰 涼って誰ですか?」
「リノベーション後の、あなた様のお名前でございます。さすがに名前まで変える事例は少ないので、少し混乱しますよね。では一旦、佐藤様とお呼びしましょうか」
「名前を変えたって……どういう……」
「まあまずは立ち上がって、鏡をご覧になってはいかがでしょうか。お手をどうぞ」
「ああ、はい。じゃあ……」
高根木さんの手を借りて立ち上がった俺は、まず、目線の違和感に気付いた。いつもより、何だか目線が高い。それに、立ち上がるときに感じたが、体も妙に軽かった。
思わず自分の体を見回すと、いつの間にか白いパンツにネイビーのジャケットを着て、腕にはシンプルながら存在感のある腕時計をつけている。革靴もピカピカだ。
「さあ、鏡をどうぞ」
「はい……って、なんじゃこりゃあ!」
往年の俳優みたいなセリフがまろび出た。鏡には、大口を開けて驚くイケメンの姿がある。驚いてもイケメンで、さらに驚いた。
「え、ちょ、これどういうことですか! 一体何が! 俺はっ……これ俺ですか!」
「はい、そうでございます。佐藤様のご要望を全て反映し、リノベーションを完了させたお姿となります。いかがでしょうか」
「いや、いかがって……マジかよ、こんなイケメンが、俺……?」
ペタペタと顔を触り、頬を引っ張った。きちんと皮膚の感触があり、特殊メイクというわけでもないらしい。肩、胸、腹筋など、ついつい色々なところを触ってしまったが、どこも引き締まっており、慣れ親しんだ運動不足のおじさんボディは影も形もなくなっていた。
「これが、リノベーション……」
原理はさっぱり分からないながら、どうやら現実なのだとじわじわ理解していく。壁にある時計を見る限り、一時間ほどは経過しているようだが、逆に言えばたったの一時間しか経っていない。既存の整形手術なんかとも違う、超魔術的な不思議現象に脳がふわふわした。
だが、間違いなく分かることがある。この姿なら人生大勝利だろう。元の顔より二割は小さくなっているだろう輪郭、眠そうだった瞳をくっきりぱっちりさせてくれた二重まぶた、通った鼻筋、綺麗な歯並び。そういえば、眼鏡もないのにはっきりとものが見えている。
身長は二十センチは伸びているだろうか。どうやら脚が伸びたようで、モデルのような異次元のスタイルになっている。髪はゆるやかにウェーブがかっており、二十代前半のようなハリ、ボリュームがある。
完璧だ。まさに理想通りの姿がそこにあった。全てのコンプレックスが消えてなくなり、絶世の美男子がそこにいた。
これがあの佐藤だなんて、誰も思わないだろう。
「いかがでしょうか、佐藤様。……いえ、そろそろ白峰様でも問題ないでしょうか?」
後ろから、変わらぬ笑顔を浮かべた高根木さんが話しかけてきた。
「高根木さん――」
俺は振り返って、言った。
都内にあるビルの一室から、ひとりの男が出てきた。
Tシャツにパーカー、ジーンズに身を包んだ冴えない男。
彼は、今し方自分が出てきたビルを見上げ、一時の夢を思い返しながら、呟く。
――欠点だらけかもしれないけど、俺が俺らしく生きるなら。
俺はゴボウのままがいい。小森の友達として。
