登場人物
- 私(女性):20代後半から30代前半くらいの女性。パートナーの暴力で心を病んで、電車に飛び込もうとしていた。
- カラスウリ(女性):電車に飛び込もうとした女性に、なぜか話しかけてきた植物。
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約11分(約3100文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
(SE)電車の音
語り :
もうずっと
昼も夜も関係なく、眠れない日々が続いていた。
私は気づけば
谷筋を通っている線路の傍に立っていて、金網に手をかけていた。
上へ上へと登り、飛び降りれば下を走る電車に吸い込まれていける……
そんなシーンが頭のなかに浮かんでいた。
カラスウリ :
やめときゃいいのに……
語り :
何かが聴こえて辺りを見回したが誰もいない。
カラスウリ :
やめときゃいいのに……
語り :
先程と同じ声、同じ言葉?
幻聴か……
くすりと笑えた。
私のメンタルが病んでいる証。
カラスウリ :
幻聴なんかじゃない。
あたしは、あなたの目の前に居る
白いレースの生地みたいに繊細で、幻想的な美しい花。
それがあたしさ。
私 :
……ぇ
え? ぇえ?
語り :
掴んでいる金網に、絡まりながら生えているツル性の植物に花が咲いてるなんて、気づいていなかった。
私 :
私、何としゃべってるの?
やっぱり…幻聴?
それとも幻覚?!
カラスウリ:
だから、レースの生地みたいに繊細で最高に幻想的な美しい花だと言っているでしょう?
大事な事だから、二回言って見たんだけど、伝わったかしら?(笑う)
私 :
花がしゃべるの?
私、病んでる自覚はあったけど、ここまでダメになってたんだ……
カラスウリ :
何を今さら(笑う)
まあ?
やめておけば?
ここは汚くて美しくない。
私 :
汚い?
カラスウリ:
谷底を電車が走っているけど、上からゴミが捨てやすいんだとか。
ペットボトルや生ごみ、そのほか信じられないものが捨てられる。
たとえば、大きな石とか。
私 :
石?
それは犯罪じゃないッ?
カラスウリ:
石よりもでっかいものを落とす人もいるわ
自分の体…とか。
石もヤバイとは思うけど、
飛び込みだって、電車を変な位置で急に停めなきゃいけなくなるから、乗客にも、もの凄い危険なのよ
散らばった死体を線路で拾い集める人たちも、大変。
切断された手足、頭、場合によっては脳みそなんか……
箸みたいなもので拾い集めるんだけど、
拾い集めてる人の顔って、感情がなくて見ものなのよね
だいたい…電車に飛び込んだら、
ポンッと死ねると思ってるみたいだけど、
体はボロ雑巾みたいになりながらも
死に切れなくて動いてる人を見たこともある。
あれは、なんていうか惨かった…わね
私:
やだ、何コレ……この声、凄く混乱するッ!
カラスウリ :
混乱してるとこ悪いけど、あたしは幻聴でも幻覚でもないわよ
私 :
ちょ、ちょっと待って!
じゃあ、あなたは何なの?!
カラスウリ :
カラスウリと呼ばれてる植物ね
まぁ、カラスウリの妖精ってとこかしら?
そういえば、なんだか人間界には梨の妖精もいるんだってねぇ(笑う)
私 :
な、なんで、そんなこと知ってるの?
カラスウリ :
ん?
退屈しのぎに声が届きそうな人間に話しかけたりするからかしらね
私 :
……もう!
頭おかしくなりそうッ!
カラスウリ :
あら。
自殺なんてしようとしてたんだから、頭がおかしいのが正常なんじゃないの?
私 :
……なんか、あなたと話していると調子が狂っちゃうんですけど!
カラスウリ:
あなた調子なんか、もともと狂ってるでしょ?
気楽にしゃべったら?(けらけら)
あたしは、あなたに危害を加えるつもりも能力も無いから、そこんところは、ご安心してよろしくどうぞ?
語り:
危害……その言葉に、夫だった男に、怒鳴られ、殴られたりしていた時の事を思い出して……
また、金網をよじ登りたくなった。
アイツが寝ている時間以外は、休むことをしらないブラック会社みたいな暴力。
そんな夫とようやく別れたのに、
疲れた心は、二十四時間営業休み無しの病へ転職したようだった。
カラスウリ:
あなたはなぜ死のうとしてるの?
おおかた、変な男にでも引っかかったのかしら?
語り :
私は
キッ! と、カラスウリをにらみつけた。
カラスウリ :
ぉお!
怖い怖い!
図星だったようだねぇ
私 :
……ほんとに、酷かったのよ
殴られ蹴られて、骨が折られた事もあったけど
心の方は完全には治らない複雑骨折って感じ。
カラスウリ:
はぁ……?
なんで、そんなことするのかねぇ……
ぁあ、そいつも病気か何かなんじゃないかい?
私 :
(笑う)
そうね……あんな屑だとは思わなかった
面食いな私が、大馬鹿だった
もう男はたくさんッ!
(SE) 電車の音
語り:
カラスウリが、ふいに話題を変えた。
カラスウリ:
…………ねえ、あたしがなぜ夜咲いてるかわかる?
語り :
そういえば、この花は、夜なのに咲いている。
私は、そのことに、言われてから気がついた。
カラスウリ:
夜に活動してる虫たちもいるのさ
あたしたちは、そいつらに花粉を運んでもらっているんだよ
植物にとってのパートナーってのは
ちやほやされる綺麗な蝶々だけじゃないのさ
月下美人なんか――
あぁえぇと、でかい綺麗な花を、夜に咲かせるサボテンなんだけどねぇ
本当に綺麗だよ
死ぬ前に、一度見てみたらいい。
あれは、コウモリをパートナーにしている
……世界は広いんだから、愛し合える人がいないって決めつけるのは、まだ早いんじゃないかい?
まぁ、馬鹿も多いだろうけど、いい奴もきっといるって、花でしかないあたしは思うけどねぇ
(笑う)あたしは花でしかない
だから地面に芋みたいなものがあって、栄養を蓄えていて、しぶといっちゃあ、相当しぶといんだけど、
まあ、環境が悪くなって、どうしようもなくなったら、枯れるわね
当たり前だけど、それは運命というのよ
人間にもいつかくる運命。
……でもあなたは、まだその時じゃない気がするのよね
いつか必ずきちゃう終わり、それまでは楽しまなくちゃ勿体ないんじゃないかしら?
酷いことをした奴に対する最大の復讐は、幸せになることだっていつだかに話した人間に聞いたわよ?(笑う)
私 :
もう!
簡単に言うけど……
ん?
…………あなた綺麗な花なのに芋ができるの?
カラスウリ:
あたしのは、人間が食えるような芋じゃないけどね。
「芋」って言葉
人間はイケてないって意味で使うみたいだけど、
ジャガイモなんか、本当に綺麗な花が咲くのよ?
マリー・アントワネットが、その花を飾りにしていたくらい
見ようとしていないだけで、美しいものは、誰の手にだって届くところに、たくさんある気がするわ
私 :
カラスウリさん……
カラスウリ :
そうねぇ
花じゃないけど
パキラなんか育ててみるってのはどぉ?
あたしが話し相手になってあげてもいいんだけど
いちいち、ここまで来るのは大変でしょう?
私 :
ぃや、なんていうか…話し相手が欲しいわけじゃ……
えぇと、パキラ?
それなに?
カラスウリ :
観葉植物。花屋でもホームセンターとやらでも売ってるやつ。花じゃないけどあいつは
人間でいうなら割合、信念のあるナイスガイだよ。
ちょっとくらいなら、水やり忘れても、大丈夫だし
あたしみたいに口うるさくない。
老人ホームのお婆ちゃんに植物の世話させると
元気になる人が増えたなんていう研究があるらしいしね
私 :
私は、お婆ちゃんじゃないんですけどッ!
カラスウリ:
死のうとしてた人間がそんなことを気にするのかい!(けらけら)
…………………乗っ取られ感で、わーっとなってる人には、鋭い衝撃音を聴かせるとか……
……あるいは意外な話しかけ方をするとか……
そういうのがきっかけで、戻ってきてくれることが、まれにあるんだってね……
私 :
……え? カラスウリさん、なんで、そんな……
カラスウリ :
患者を救えなかった医者とやらと話したことがあるんだけどねぇ
もし人間だったら、抱きしめてあげられるのに……
なんて思って辛かったねぇ……
私 :
カラスウリさんてばもう!
もう……!
……ううう、あああああ(声を上げて泣く)。
カラスウリ:
……秋が深まったら、私も鳥の卵くらいの真っ赤な美しい実をつけるから、また見に来てくれたらうれしいな。
★Special Thanks 人外薙魔様