不思議な住所録

登場人物

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約7分(約2200文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文

押し入れに、現金があった。たぶん、数百万といった所だろうか。
郊外より少し離れた住宅地の外れ。空き家が多く、人口が減りつつある町。あの本にあった通りだ。

その一戸建ての家の庭には、鳥が種を運んだと思われるたくさんのエノキが生えて大きくなり、庭が鬱蒼とした林になりつつあった。こうやって、文明が衰退すれば人間の構造物も自然に帰っていくのだろう。

一階の窓鍵付近のガラスに養生テープを囲うように貼る。
そして、囲ったガラスをガスバーナーで熱して、濡れたタオルで急速に冷やす。
ガラスにヒビが入って少し叩くと簡単に割れた。

たぶん、ここまで注意しなくても大丈夫だとは思うが、小道に面しているので、誰かが通りがかってガラスが壊れる音を聞かれてしまう可能性が無くは無い。

壁や床には埃が溜まりカビが浮き出ている状態だが、家の中は、整頓されていて、それほど荒れてはいない。
トイレに白骨化した遺体があった。身寄りのない独り暮らしの家主が、ここで突然死したのだろう。

引き出し、戸棚、物色しているうちに見つけた。押し入れの中に、札束の入った段ボール。
胸がきりきりと痛む。呼吸が苦しくなってきた……

数か月前の夜。
田舎道の路上で倒れていた男を見つけた。ずっしりと重いリュックを持っていたので、開けてみると、札束が入っていた。俺は、辺りを見回した。誰もいないし、防犯カメラも無さそうだ。リュックを背負うと、俺は足早にそこを立ち去った。
ボロボロの安アパートの一室に戻ってきて、そのリュックの中身を見てみると、札束のほかに道具類が入っていた。軍手、ライト、ドライバー類、小型のバール、レーザーポインター、養生テープ……ああ、こりゃ同業者だわ……

札束は三百万円ぐらいだろうか。
そして、札束よりも、もっとずっしりと重い本が入っていた。まるで鈍器だ。
これで人の頭を殴ったら、致命傷を与えられるんじゃないか?
表紙には、黒地に赤の模様のような文字。
楔形文字だったか。
学生時代の歴史の教科書で見たことのある、遺跡に書かれている文字のようなものが書いてある。もちろん俺に読めるわけがない。
中身も読めないだろう思って開いてみると、案に反して、読めた。
日本語だ。
日本語というか、住所録というか名簿のようなもの。

個人名らしい名前や会社名などと、その住所と電話番号があいうえお順に書かれているが、インデックスが奇妙だった。
『全時間帯人気無し低額』
『夜間人気無し高額』
同業者が持っていたものなので、もしやと思って、数件メモを取って、その場所に行こうとした。
しかし、目的地にたどり着く前に、メモの文字が消えてしまった。

そして、どうしても、その場所が思い出せず、虚しく帰宅した。

今度は、その面倒な分厚い本を持って、目星をつけた場所に行く。
本当に、そこは人気が無い事務所だったり、わけありの空き家だったりして、現金や金目のものが、窃盗犯にとって、絶妙な形で存在していた。
もちろん、それらはありがたく頂戴してくる。

凄い本だが、気味悪くもあった。
しかし、これを利用しない手はない。
俺は、本を利用して『本人死亡の空き家 高額』という項目を探して窃盗を繰り返していった……

そして……空き家から俺は、息を切らしながら、私設私書箱まで移動し、現金の入った封筒を入れる。……残念ながらもうこの金を利用する余力がもう俺には無いな……と思いながら、ボロアパートに戻った。俺は、ベッドに倒れこむ。心臓が変な感じで拍動してる。相当、ヤバそうだ。

少し眠ったあと、目覚めると空中に浮いている『それ』が、じっと俺のことを見おろしていた。

『それ』は黒い火のようなゆらゆらするものに覆われていてる。
ねじれた二本の角が頭から生えていて、その目は嫌らしく釣り上がっていた。
しかし、顔は笑っていなかった。『それ』の口はへの字になり、絶賛、不服そうだった。
そうだろうとも……

「あの変な住所録、返すぜ…… お前、悪魔かなんかなんだろう?」

『それ』の顔がさらに歪んだ。

「あんな、あからさまに怪しいアイテムなんてないぜ!
泥棒……というか、拾った奴の欲望を刺激するような個人情報が出て来る本なんだろう? 
そして、利用するたびに、寿命でも吸い取るんじゃないのか?」

俺は、昔、飲酒運転の男に、妻と子どもたちを轢き殺された。
そのドライバーは、悪質運転を繰り返している奴だった。
偉い奴の一族だったらしくて、不自然な執行猶予の判決が言い渡された。

俺は怒りを抑えられず、その男の自宅を突き止め、そいつの息の根を止めた。
俺は逮捕され服役。
その後、まともな仕事ができるはずもなく、俺は、犯罪者として生きてきた。

命なんか惜しくなかった。
逆に死に場所を求めていた……

「奪った金は、匿名で、交通事故で親を亡くした子どもの支援組織やら、障害を負った人のためのリハビリ施設に、分散して寄付してやったぜッ!

悪魔にとっては、さぞ不愉快な使い道だったろうぜ!
けッ!

おい悪魔! 
人間が、誰でも、お前の思い通りになる奴ばっかりだと思うなよ! 

俺は、もうこの世に愛するものは何もねえ!
自分ですらもな!

命なんか惜しくないぜ! 
さあ、遠慮無く、魂を持ってけ泥棒ッ!」