ストレス発散法

登場人物

  • 高山(女):主任。
  • 清水利香(女):高山の部下。
  • 三原ゆうこ(女):課長。
  • 檜山あさみ(女):高山の部下。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約6分30秒(1939文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

「動物」というテーマで書いた作品です。リモートワークをされている方なら共感いただけると思うのですが、チャットの通知って結構集中力を阻害しますよね。しかも大体は仕事の相談なので、要するに仕事が追加されるわけで。忙しいときにくるとイラッとすることがあります。
この作品を書いたときはそんな気持ちが高まっていたのかなと。一応4人台本としておきますが1人でもできる代物だと思います。ちなみに私は犬派です。

本文

 ――チリン

『五分後に予定されたミーティングがあります。会議室のリンクはこちらです』

 ――チリン

清水しみず 利香りかからメッセージです』

<リーダー、V社案件ですが、アサインメンバーについてお話ししたいのでスケジュール仮押さえしました。定時後しか空いてなかったので申し訳ないんですけど……無理そうならリスケするので言ってください>

 ――チリン

三原みはら ゆう子からメッセージです』

<ごめん高山たかやまさん! 進行中のB社案件なんだけど、ヘルプ頼める? あんなにオンスケだって言い張ってたくせに、案の定遅れてるらしいのよ……。実働部分のリソースは、なんとかあと二人確保するから、スケジュールとタスクの見直しからフォローしてあげて!>

 ――チリン

檜山ひやま あさみからメッセージです』

<来週のチームミーティングについてレジュメを作成しましたのでご確認いただけますか? それから、ベンダに問い合わせていた件、返答があったんですけど私じゃ分らなくて……どこかでご相談させていただけませんか?>

 ――チリン

 チリンチリンと、風鈴の音が、ひっきりなしに鳴り響いている。季節感もあり、少しは気分がマシになるかと思って設定した通知音だったが、昨日の今日で失敗だったと気づいた。あんなにも風情を感じる良い音だったのに、今や恨めしさしか感じない。夏の風物詩たる素敵サウンドを聴いて、こんなにも最悪な気分になっている日本人は私くらいのものだろう。

 淡々とメッセージの到着をお知らせしてくる合成音声もそうだ。つくられた感情の限界か、常に一定のテンションなのが腹立たしくなってくる。淡々と、平然と、次から次へとお知らせされても、こちらはコンピュータではないので並列処理はできない。

 せめて申し訳なさそうにお知らせしてくれれば、いくらかマシなのかもしれないが……どんな態度であれ、降ってくる仕事が減らないのであれば、いずれ同じようにイライラするに違いなかった。

 私はキーボードを叩いて爆速で返信する。間もなく会議なので、「確認します」程度の一次回答だ。短いセンテンスだし、我ながら変態じみたタイピング速度になってしまっているので一瞬である。だが、その短さのわりに、響くタイピング音は爆音だ。

 気分が指に反映されてしまっている自覚はある。強打はキーボードに悪影響があることも分かっている。だが、無意識にやってしまう爆音タイピング。私の悪い癖だ。

 改善のきっかけになればと、数万円する高級キーボードを買ってはみたものの、丁重に扱おうという気持ちは、いつの間にかどこかに消えていた。せめてもの救いは、自宅にひとりなので誰に迷惑をかけることもないことくらいだが……独り身であることの寂しさが募るお年頃としては、少々複雑だ。

 私は自虐心を秘めつつ、ミーティングのリンクを開いた。時刻は予定時間の一分前。

 参加者の一覧を上から眺める。……うん、全員揃っているね。

「それでは、本日のミーティングを始めましょう」

 夜も二十一時を回った頃。私を追い立てまわす通知音もだいぶ静かになってきた頃合いで、私はむりやり仕事を切り上げた。モニタを消そうとして真っ暗な室内に気づき、先に部屋のライトをつける。モニタの光と、キーボードのバックライトがあれば仕事はできてしまうので、意識していないとこうなりがちだ。

 疲労感を抱えた体を、ベッドへ放り投げる。会社が在宅勤務を導入してからというもの、通勤時間が残業時間に変わっていた。ギリギリまで仕事ができてしまう環境は、自制心を試される。空腹と疲労に耳を傾けそびれると大変なことになるので、自分で調整する必要があった。あまり抑え込みすぎると反動が恐ろしいのだ。

 事実、すでにその反動は食欲へと反映され、お腹周りや太ももに、結果となって表れていた。

 くそが。

 ……だがしかし、私は最近、食事に代わる良いストレス発散方法を見つけていた。これと出会えたおかげで体重も減りつつあるし、何より最高の気分になれる。おかげで、気づけば毎晩の恒例になっていた。やみつきってやつだ。

「……うん、今日も吸おう。吸っちゃおう」

 欲望に耐えきれずそう決めた私は、キッチンへ行くと、棚から一包の白い粉を取り出した。これに頼り切りの自分に、一瞬、逡巡がよぎったが、一秒でも早く「吸いたい」欲望に任せて、構わず体内に取り入れる。この粉の良いところはその即効性だ。十分もかからぬうちに効果を発揮してくれる。

 本当に良いクスリ……。

「――よし、それじゃあ行きますか! レッツ猫カフェ!」

 抜群に効果のある猫アレルギーの薬をキメた私は、足取り軽やかに、近所の猫カフェへと向かった。

 深夜営業万歳! 今日もねこ様を吸うぞ~!

 私の脳は、すっかり「猫吸い」する自分の姿で満たされるのだった。