登場人物
- 真菜(女):27歳
- 鼻毛(不問):不問
- 彼(男):28歳
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約6分0秒(1800文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
真菜:自分で言うのもなんだけど、顔立ちは整っている方だ。
はっきり言うと、美人だと思う
ほんと、自分で言うのもなんだけど。
顔は小さくて、眼はぱっちり二重、鼻は小さくて控え目、
唇はほどよくボリュームがある。
いわゆる、美人だと思う。
こんなこと、誰かに聞かれたらヤバいけど、
私は美人になんて生まれたくなかった。
中学生になったときぐらいから、
なんとなく友達と距離を感じはじめた。
私から友達になろうと話しかけたって、全然、話が盛り上がらない。
しかも、少し話しただけで、すぐに遠巻きの友達のところに戻って
「真菜さんとお話しできて嬉しい!」
とか
「近くで見てもめっちゃ美人だったよ! まつ毛が長くてえぐい」
とか
私のいないところで私の話をして盛り上がっている。
だから、私は自分の顔が好きじゃない。
この顔のせいで、みんなと仲良くなれないんだ
でも、その日はいつもと違った。
いつものように、教室で本を読んでいたら、いつもと違う雰囲気を感じた。
みんなが私に近づかず、遠巻きにしてる? それはいつも通り。
なんというか、いつもの緊張感? みたいなものがない。
和やかな感じで、なんか、いい。
少し経ってから、トイレにいったら気がついた。
(SE)びよよーん
鼻毛がでていた。
それも、異様に太くて⾧い特大の鼻毛だ。
なるほどね、と思い、鼻毛を指でつまんで引き抜こうとして…、
やっぱり、やめた。
私は、鼻毛が飛び出したままで教室に戻った。
それから、私は、大切に鼻毛を育ててきた。
普段はくるくると巻いて、鼻の中に収納しておき、いざというときには露出して
(SE)びよよよーん
みんなに見てもらうのだ。
高校、大学、そして、今勤めている会社。
私はこの鼻毛とともに乗り切ってきた。
自己紹介のとき。
(SE)びよよーん
大学の新歓コンパで異性に口説かれたとき。
(SE)びよよーん
行きたくない合コンを断るとき。
(SE)びよよーん
雰囲気のわるい会議のとき。
(SE)びよよーん
いつだって、鼻毛をだせばなんとかなる。私の周りを和やかにしてくれる。
おかげで、気兼ねなく話せる友達もできた。
友達からは、がっかり美人、とか、鼻毛女、とか言われるけど、
それでいい。全然うれしい。
そして、今、私は…。
お付き合いしている男性から、プロポーズを受けている。
返事は保留にしてあって、
私がOK すれば、晴れて婚約成立、となる。
とてもいいひとだし、私も結婚出来たらいいな、と思っている。
でも、彼は知らない。私が鼻毛女だということを。
そんなこと、とても言えない。
けど、隠したまま結婚はできない。
何より、鼻毛を裏切ることなんて、私にはできない。
今の私があるのは、鼻毛のおかげだ。
他に選択肢なんて、ない。
(SE)通話アプリの呼び出し音
彼:はい。
真菜:ユウジさん
彼:うん。なに?
真菜:あの…。えっとね…
彼:うん
真菜:私…
彼:うん
真菜:私! 鼻毛女なの!
彼:え…。今、なんて?
真菜:鼻毛女なの!
彼:ん? あ、それはどういう…
(SE)通話アプリを切る音
真菜:やってしまった。私が鼻毛女だとばらしてしまった。
…でも、これでいい。
これでいいんだ。後悔はない。涙も出ない。
その夜、私は晴れやかな気持ちで眠りについた。
(SE)夢の中
鼻毛:真菜ちゃん…。真菜ちゃん…
真菜:え、だれ?
鼻毛:僕さ。鼻毛だよ
(SE)びよよよーん
真菜:え、鼻毛? ほんとうに?
鼻毛:ほんとうさ。僕が一度でも嘘をついたことがあるかい?
真菜:ない! あなたが嘘をついたことは一度もないわ!
鼻毛:今日は、真菜ちゃんにお別れを言いに来たんだ
真菜:…どうゆうこと?
鼻毛:僕がこれ以上、君と一緒にいることはできない。
もう、ここらが潮時なのさ
真菜:なんで、そんなこというの!? せっかく会えたのに!
鼻毛:大丈夫。君は、僕がいなくても立派にやっていけるさ
真菜:まって! まってよ!
鼻毛:楽しかったよ! ばいばーい…
A まってーーー!!!<フェードアウト>
(SE)目覚まし時計
真菜:目が覚めると、私は泣いていた。スマホには彼から、何十件も不在通知が来ている。
そうだ…。私は、そっと鼻の中に指を差し入れる。
…ない。
もう、鼻毛は、私の中からいなくなっていた。
なんだか気が抜けてしまって、ふっと息を吐き出す。
そのとき。
(SE)トン、トン
真菜:玄関のドアを叩く音。
新しい何かが始まる。
そんな気がした。
(SE)玄関へ向かう足音
玄関に向かう、私のうしろ。
窓から差し込むカーテン越しの優しい光に、
一本の鼻毛が、キラリと光った。