告白

登場人物

  • 私(男性):この話の語り手
  • 友人(男性):恋愛について「私」に相談していた

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約8分(約2300文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文

 バブル時代と呼ばれていた時期のことですから、もう20年以上前の話ですか。月日の経つのは早いものです。

 今どきは、まあ、時節がらもあるかもしれませんが、直接会って大切な話をする事というのは、減ったかもしれません。

 当時もインターネットは出始めていましたが、携帯電話も誰もが持っているわけではなく、また通話料金も高いものでした。必然的に、大切なことは直接会いに行って話をする必要がありました。

 私も友人も、同じ学校の大学生でした。そんな彼が、突然、私のアパートに訪ねてきたのです。

 彼は硬い表情のままずっと黙っています。私も黙っていました。何か変な感じがしていましたが、私はじっと待っていました。

 少しずつ彼が話し出した内容は、驚いたことに色恋沙汰でした。彼は、真面目過ぎて友人が少なく、色恋とは全く無縁だと思っていましたから。

 彼が言うには、彼女とはネットのチャットで知り合ったということでした。それで気が合い、待ち合わせて直接会うようになって深い付き合いになっていたそうです。ただ、話を聞いていると、本当に深い付き合いなのか、少し疑問にも思いました。

 彼女は、何人もの男性と付き合っていると、彼は言いました。多い時には六人の男性と付き合っていたそうです。誰かと繋がっていないと、不安でたまらなくて。

 自分の心が渇いた時は、誰か都合のつく人に声をかける。

 ああ、そういう人と付き合ってしまったのかと思いました。渇き過ぎている人は、そういうことがあります。そんなことをしても、余計に渇くだけなのに、塩水でも泥水でも飲んでしまうような。

 私はため息をつきました。

 「それは、めんどくさい人と付き合ったな。別れたら?」

 彼は黙っていました。引き止めたかったのだそうです。彼女の身の上を聞いたら、ここではちょっと話せないが、相当、大変な家庭環境で育ったのだと言いました。「彼女を何とかしたかった」と言いました。半分本当で、半分嘘だと私は思いました。

 優しい性格の彼は、彼女を助けたいと思ったのでしょう。でも、助けたいだけでなくて、彼は、その六人の中の一番になりたかった。彼女を独占したかった。私だったら二股にかけられても、愛想をつかします。それが六又で真面目な気持ちのままだったら、やっていられません。

 でも、ふと違和感を感じました。彼は、それだけ妄執を向けている相手に対して「何とかしたかった」と過去形で言ったのです。

「実は、彼女と言い合いになって、殴った拍子に頭を打って彼女は死んでしまったんだ」

と彼が言ったので、私はぎょっとしました。目の前にいる人を殺した人間がいる。

 知らない何とか容疑者じゃない友人が殺人者……

 私は、くどくどと自首するように言いました。お互いに本名もどこに住んでいるかも知らないまま付き合っていたと言い出したなで、なおさら腹が立ちました。

 もつれて犯罪が起こるような間柄になりながら、ニックネームしか知らないなんて。

 絶対に逃げきれない。自首すべきだ。私は正論ばかり言いましたが、彼はぐずぐずしています。

 まったく、わからないわけではありません。私も夢の中で、何かかっとなって、人を殴ったら死んでしまったことがあります。そうしたら、夢の中であったとしても、もう逃げる事しか考えられませんでした。まったく警察に行く、という事を考え付かなった自分に、目を覚ましてから愕然としたものです。

 でも、彼の場合は夢ではない。現実です。何度も何度も、逃げても、ますます状況は悪くなる。出頭するようにと言いました。もし、必要なら一緒に付き添うとも言いました。

 彼はついに「自首することにする。でも、一人で出頭する。大丈夫だ」と言いました。

私はほっとしました。何時間も、こんな事を話し合っていて、私も疲れきっていたのです。

彼が出て行ってから、少し時間が経ち、彼はなぜか、戻って来ました。

「どうした? やっぱり、付き添った方がいいのか?」

 彼は随分長い間、黙っていましたが、やっと口を開き「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。忘れてくれ」と言いました。

 とても奇妙な気持ちがしましたが、もう彼は二度と戻ってきませんでした。

 しかし、数日経っても殺人事件の報道がされません。もしかしたらと思いました。

 彼は警察に出頭しなかったばかりか、車ごと崖から転落して重体だったのです。

 私は事情を知ってから、彼が入院している病院を彼の家族から聞きだし、すっ飛んでいきました。意識はありましたが、彼は重傷を負いそう長くもたないだろうという話で、暗澹たる気持ちになりました。やっぱり付き添えばよかった。そして、嫌なことに、彼は自分の犯罪を家族に告白していない様子だったのです。こんなとき、私は何をどうしたらいいのでしょう。

 彼の家族が少し席を外した時に、彼は力の無い声で言いました。

「すまないね……」

「なんて馬鹿なことを……自首していれば、こんなことにならなかったのに……」

「……彼女の遺体を埋めてきた帰りだったんだ……」

それを聞いて、私はため息をつきました。

「本当に馬鹿だった……でも、それも、もう、どうでもいい。すべて僕の死で終わる……ところで……覚えているかい?」

「……は?」

「君に告白をしたあと、一度ぼくが戻ってきただろう?」

「ああ……」

「君は、人を殺した事がないだろう。

自分の罪を認め、それを誰かに言う事が、どれだけ恐ろしい事かわからないだろう……

ましてや、警察に行くなんて、どれだけ怖いことか……」

私はぞっとしながら、彼の言葉を聞いていました。

「君を殺してしまえば、警察に行かなくても済む。そう思ったから、あのとき戻ってきたんだよ……」