登場人物
- 料理人(男):17歳
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約14分0秒(4281文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
<BGM>貴族っぽい楽しげな曲
料理人:結婚式の前夜祭。 会場には、この地方の有力者たちが集まった。女たちは着飾り男たちは酒に酔う。天井できらめくシャンデリアが作り出す光の濃淡が、一方では陽気な一座の顔に明るみをもたらし、 一方では背後に影をつくる。私は贅を尽くした品々を配膳しながら、愛しいあなたを探す。 ああ、こんなにもどかしい気持ちは いつぶりだろう。使用人と貴族。一度は失われたその絆が、今再び紡がれようとしている。見つけた。あなたの姿は10 年間もお見かけすることが ありませんでしたが、それでもすぐにわかりました。あの頃はまだ愛らしい おさげ髪の少女だったあなた。いまでは腰まで伸びた長い髪に胸の開いたドレスをきて堂々とふるまわれている。それに、なにより口元に目が行ってしまう。美しく形の整った唇。その小さなあなたの唇は、実際には、わたしの胸の内をほとんど 埋めてしまうほど大きいのです。ああ、ぞくぞくする。たまらないなぁ。美しくなられたあなたは料理の盛られた皿が置かれている円卓の前で旦那様となにかお話しされているようだ。懐かしき旦那様。明日には隣国の王子に娶られるあなたと過ごす最後の夜にふさわしい舞台で、威厳のある表情で、旦那様はあなたに語りかけている。あなたは真摯にそれを受け止める。目には涙まで浮かべて。嫁入り前、父と娘の最後の語らい。なんと 美しい 光景だろうか。そんな中だと いうのに、気がつくと私はあなたの唇だけを見ている。宴も半ばに差し掛かり、ひとしきり来賓との挨拶を終えたあなたは 円卓の上に目をやる。サラダボ ウル。それに盛られたチキンサラダ。幼いころ、あなたはチキンサラダがお好きでしたね。それは今でも変わらず? 愛しいあなたはサラダボウルに手を伸ばす。ああ、よかった。あなたはあの頃のままのようですね。それはね、私のつくったチキンサラダなのです。あなただけのためにつくりました。心からの愛をこめて。
あなたと 初めて会ったのは 私が7歳 のときでした。 同じ年頃の子供同士でありながら、あなたは私に対して冷たかった。男と女のちがい? お嬢様と使用人の立場だから? もちろんそれもあったのでしょうね。 でも、一番の原因は、父のことではなかったでしょうか? 私の父はこの屋敷に仕える料理人でした。 料理の腕は抜群で、人望が厚く、 誰にでも優しい、自慢の父でした。でも、あなたは父の料理が気に入らなかった。いや、正確には料理が気に入らなかったわけではないのでしょう。現に、はじめは父の料理を喜んで食べていたようですからね。父のつくったチキンサラダは特にお気に入りのようでした。しかし、次第に父の料理を褒める旦那様と奥様の様子にいらだちを覚えたのでしょう。自分だけに構ってほしい。 他の誰かが褒められるのは気に入らない。 幼いあなたの胸の内には そんな想いが渦巻いていたことでしょう。 つまり、あなたは父に嫉妬したのです。 あなたはほとんど 料理を食べなくなってし まいました。 父への あてつけのつもりだったのでしょう。 そういった行動はだんだんと、エスカ レートしていき ました。 ある日の夕食の席で、 こんなまずい料理は食べら れない、 とあなたは言いましたね。 それは、食堂手前の廊下で支度をしている 父にも聞こえるほど、大きな声で。 父の後ろで水の入ったボトルを運んでいた私にも聞こ えるほど、大きな声で。 それでも、父はいつも通りにお皿を運んでいました。 旦那様と奥様は、互いに困ったような表情を見合わせ るだけで、不作法な娘をたし なめることはしませんでした。父は、終始、何事もなかったかのようにふるまってい ましたが、お皿を下げて食堂を去るカートを押す手は ぶるぶると震えていました。 怒っていたのでしょうか。 悲しかったのでしょうか。 その日、私は父に話しかけることができませんでし た。 使用人の立場であるために 何も言い返せない父を不憫に思いました。 そし て、父は、幼いあなたの、拙い目論見にあっさり と敗北しました。 あなたは何日も父がつくった料理に手をつけなかっ た。 それに参ってし まった旦那様は、こうなっては料理人 を変えるしかない、と父をあっさりと解雇してし まい ました。 プライ ドが高く、料理しか生きる道を知らない父に とって、それは大きなショックだったのでしょう。 それっきり、二度と厨房にたつことはありませんでした。 昨年、不向きな肉体労働を重ねたことが原因で 体を壊して死んでし まうまで、ずっと。 ああ、あのとき。 私と父が屋敷を出ていくと きに、 門前まで見送りにいらしてくださったあなた。かわいらしい 唇。 美しい 花弁のつまったつぼみのような、 やわらかな膨らみをもったその唇。 その唇が淡く開かれて あなたがちらりと出したその舌。 ピンク色の愛らしい その舌。…… 。 あなたがこっそりとだし たその舌は旦那様にも奥様にも、父にも気づかれませんでした。 ただ、私だけがじっと、それを見つめていたのです。 私に気づいたあなたは唇の端をあげて、いたずらに微 笑みました。 私はまるで石になったかのように固まってし まい、父 に引きずられるようにして屋敷を去ったのです。 あなたの唇。あなたの舌。 その小さくて愛らしい ピンク色。私はそれが欲しくて 欲しくてた まりませんでし た。 それは大人となった今でもそうなのですよ。 あなたのそれが、欲しくて欲しくて。
ところで、あなたが手に取ったそのサラダボ ウル。 そのチキン サラダには特別な毒薬がもってあります。 それを食べた あなたは、数時間後には痺れて動けなく なるでしょう。 大丈夫、死んでし まったりはしません。 そのようなことをするはずがないのです。 私はあなたを愛しているのですから。痺れて動けなくなったあなたは幻覚をみるでしょう。 心の奥底で恐れていることを、無理やりに引っ張り出 して目の前につきだし てくるような、そんな効果がそ の毒薬に含まれています。 あなたの場合はどんな幻覚を見るのでしょうね? 例えば、自分のせいでクビになった料理人の息子が復 讐にやってきて、チキン サラダに毒をもる、なんて ね。 いや、そんな殊勝なことを考えるあなたではありませ んね。私たち親子の事なんてとっくに忘れているので しょう。 想像するに、温室育ちのあなたのことだから、 大きなクモやムカデに襲われる幻覚でもみることで しょう。ですが、本当に恐ろしい ものはそんなもので はないのですよ。 幻覚が薄れ、意識がはっきりしてきたころ、 あなたの寝室に一人の男が現れるでしょう。 残念ながら、その男はあなたのフィアンセである隣国 の王子ではなく、ひそやかにあなたに恋い焦がれる黒 マン トの騎士でもなく、あなたの苦痛を取り除くお医 者様でもありません。ただの若い料理人です。それも 今宵の宴に紛れ込んだ招かれざる客。 あなたは知らないでしょうが、世の中で一番こわいも のは料理人です。それも、胸に復讐を誓った若い料理 人。その料理人はフルーツのはいったバスケットと果 物ナイ フを持ってあなたの寝室を訪れるでしょう。 彼はあなたに声をかけます。
「さあ、フルーツをむいて差し上げましょう。お好き なものをおっしゃってください」
しかし、あなたはしゃべる ことができません。 それもそのはずです。 あなたはまだ毒薬に痺れて動けないのですからね。 どうにか自分の身に起こった異変を伝えようと、 あなたは痺れて出せないはずの声をなんとかひねり出 そうと苦心するかもしれません。 ですが、その必要はないのです。 その料理人はすべて承知しているのですから。 あなたが体を動かせないことを確認した料理人は、仰向けに横たわるあなたの顎を、そっともちあげま す。 淡く開かれた形の良い唇を料理人の目の前にさらされ たあなたは、ねっとりと湿ったその中に親指と人差し 指を挿入されます。 まもなく彼の指でつままれたピンク色のかわいらしい舌が唇の間から姿をあらわすことでしょう。 そして、料理人は、充分な長さまで舌を伸ばしてか ら、バスケットにしのばせた鋭いハサ ミを取り出しま す。 ピンク色のそれに、銀色の刃を沿わせて、少し食 い込ませると、真紅の雫が滴り落ち、シーツの上に赤い花を咲かせます。 なんと 美しい 光景なのでしょうか。 もっと見てみたい。もっと。もっと。 そして、私はハサ ミを握る手に力を込めます。 二つの刃が閉じられてゆき、ベッドの上には、あなたと 私の愛の証が真っ赤に花開くのです。 今まで幸福な人生を歩んできたあなたにとって、 これは大きな苦痛となるに違いありません。 きっと結婚式の際には、隣国の王子は困り果てしまうでしょう。誓いのキスをしようにも、キスをする部 分が丸々なくなってし まっているのですから。 これまでの人生が幸福であればあるほど、痛みや悲し みを知らねば知らぬほど、現状と絶望との落差は大き くな り、落ちたと きのショックも大きくな るもので す。 もしかするとあなたが自分自身の意志で人生の幕を下 ろすことになるのかもしれません。それもまた私の望みです。 だから、私はあなたを愛してきた。長年にわたって、 あなたの幸福を祈ってきたのです。安らかに健やかに その笑顔に少しの陰りもないように。 私のこの想いが、世の中のどんな綺麗事よりも、 明確な真実であることに疑いはないでしょう。 これが愛ではなくてなんだと 言うのでしょうか? ああ、たまらない。 もうすぐ望みが現実となるのです。愛しい あなたはサラダボ ウルに手を伸ばす。 さあ、召し上がれ