登場人物
- 僕(男):世界的に有名な元指揮者。原因不明の病で聴力を失い引退した。
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約8分(2394文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「鼓膜」というテーマで書いた作品です。鼓膜といえば耳、耳と言えば音ですから、音に関連する作品を書こうと考え、オーケストラを題材に持ってきました。
オーケストラって良いですよね。楽器の音を体で感じる感覚、音は振動なんだと実感するあの感じ。あれこそが生演奏の醍醐味だと個人的に思っているので、そこを強調すべく、あえて「耳が聞こえない」という設定にしています。聞こえない音を体で感じるとどうなるだろう、と想像しながら演じていただけると嬉しいです。
なお蛇足ですが、ちょうど我々の母体だった音声投稿サイトがなくなるタイミングだったこともあって、「二度と聴けない音」という点でも少し力が入った作品になりました。
本文
ああ、皆さん。演奏でお疲れのところ、突然お邪魔して申し訳ない。
こんな老骨が顔を出しても、迷惑になってしまうだけだろうと遠慮したのだけれど、はは、そこにいる三上君に、顔見せだけでもと押し切られてしまってね。皆さんには申し訳ないけれど、少しだけ、楽屋にお邪魔させていただきました。彼は未だに僕を尊敬していると言ってくれるけれど、その割に少々強引でね……はは、いやなに冗談さ。そんなに頭を下げないでくれ。昔教えただろう? 指揮者たるもの、楽団員の前では堂々としていなさいと。まったく、押しが強いのか謙虚なのか分からないね。まあ君のそんなところも、人間らしくて好ましいのだけど。
でも、まさかこんなに歓迎してもらえるだなんて驚きました。帰る準備もしたいだろうに、手を止めさせてしまって申し訳ない。皆さんのその気持ちだけで、とても温かい気持ちになれました。どうもありがとう。とはいえ、若い方もいるようだし、誰だろうというような、不思議そうな瞳も見えるから、自己紹介じゃないけどね、少しだけお話しさせていただこうと思います。
僕は元々、皆さんと同じように音楽の世界で生きる人間でした。元指揮者でね。ありがたいことに、世界中、色々なところで指揮棒を振らせてもらったし、三上君に、少しだけ指導めいたことをしていた時期もありました。でも、――もう十五年になるね……あるとき、世界から音が消えたのをきっかけに、指揮棒を置きました。あれは本当に、本当に突然だった……両耳が、完全に聞こえなくなってしまってね。色々検査もしたし、多くの先生を頼ったけれど、結局原因は分からず、この耳に音が戻ることはありませんでした。だから実は、今、こうして話している自分の声も聞こえてはいなくてね。聞こえていたころの感覚だけでしゃべっているものだから、もし、うまく発音できていない部分があったら申し訳なく思います。
とにかくそういうわけで、こんなに歓迎してもらってなんだけど、昔はどうあれ、僕は今や、耳が聞こえないただの老人です。でも、そう言うと不思議に思う人もいるだろうね。なぜ聴力がないのに、オーケストラコンサートに来たのだろう、と。もちろん、三上君に誘われたからではありません。彼とて、耳が聞こえないと分かっている相手をわざわざ誘うことはしないからね。
むしろ三上君は今日まで、僕が音楽からすっかり離れていると思っていたのではないかな。だからこそ、客席に僕を見つけて、声をかけてくれたのだろうと思うのだけど……まあ、そう思うのも仕方のないことです。事実、音楽から離れようとしていた時期はあったしね。あれは……音を失った最初の数年だったかな。その頃の僕は、悲しみと悔しさ、何よりも、人生の大半を一緒に歩んできた友のような存在を失った喪失感で、塞ぎ込んでいたよ。僕はもう音楽に関われないのだと、関わる資格を奪われたのだと、そう思って、生きる意味を失ったような気持ちになっていた。
だけど、あるときそれが間違いだったことに気付いたんだ。きっかけは、僕の妻に、無理矢理とあるオーケストラコンサートへと連れ出されたことだった。当時は、どうしてこんな仕打ちをするのかと妻を恨みそうになったものだけどね。今思えば、長く僕を支えてくれた妻には分かっていたのだと思います。燃えかすのようになってしまった僕に、再び火をつけてくれるのは、やはり音楽しかないと。
結果は、妻の目論見通りでした。僕の心には、再び火がともることになった。皮肉な話だけれど、音を失ったことで、僕はオーケストラの真髄を知ることができたのです。オーケストラとは、決して音だけではなかった。楽器から響く振動、奏者の指使い、楽譜を見つめる真剣なまなざし、額の汗。そして、指揮棒が刻むリズム。それら全てが合わさって、オーケストラなのだと知らしめられました。美しい音色という、オーケストラで最も輝く光を失って初めて、それ以外の光が見えるようになったわけです。気付けば、僕の頬には涙が流れていました。
そんなわけで、それからというもの、月に二、三度はこうしてコンサートに足を運ばせてもらっているんです。今回は気付かれてしまったけれど、実は三上君のコンサートに来たのも初めてではなくてね、何度もこっそり来させてもらっていました。彼の指揮は、良い指揮です。時に強引に引っ張りあげ、時に謙虚に全体を支える。彼自身を体現した指揮だと思っています。
それに、皆さんの演奏も素晴らしいものでした。全体を通して、躍動していた、輝いていた。この体の芯に響きました。クラシックコンサートだから、演奏した曲そのものは、偉大なる先人たちが生み出したものなのだけどね。それを演奏した皆さんの手によって、今日、皆さんにしか作れない作品が新たに生まれたのだと、僕は思います。音を失った僕ですらこうなのだから、きっと他の観客には、その美しい音色とともに、深く刻み込まれたのではないかな。
――実は、音を失ってから気付いたことがもうひとつあってね。それは、例え二度と聴くことができなかったとしても、良い作品というものは、身の内に刻まれ、残るということなんです。確かに、もうこの耳には、新たな音色は届きません。だけど、目を閉じると、僕の体に刻まれた音色が、今も脳内に響いてくるんです。どうやら、良い音楽、良い作品というものは、そういうものらしくてね。
だから、せっかくのこの機会に僕から皆さんに伝えたいのは、そんな、魂に刻まれるような良い作品を今後も生み出して欲しいということです。表現としてはありきたりかもしれないけれど、音を失った、けれど音楽を愛し続けている僕だからこそ言える心からの言葉として、受け取ってもらえたら嬉しいです。
皆さんなら、それができると信じています。また僕も、目と肌で楽しませてもらいに、足を運ばせてもらいますよ。