クソみたいな話

登場人物

  • 伯父(男):自称旅人。四十四歳。外資系商社に勤めるサラリーマンだったが十年ほど前に脱サラ。気ままに海外を巡りながら、各地でバイトなどして暮らしている。異文化に興味があり、旅先で目についた物を買いあさっているため、自宅は謎の仮面やら民芸品やらでいっぱい。だが後悔も反省もしていない。
  • 翔馬しょうま(男):高校二年生、十七歳。将来に悩んでいる。
  • 友人(男):「伯父」の友人。パチモン(質の悪い模造品)が好き。※兼ね役可
  • 由梨ゆり(女)※セリフなし:翔馬の母で「伯父」の妹。四十二歳。ことあるごとに「伯父」を引き合いに出し、文句を言っているらしい。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約24分30秒(7395文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

「ぶっつけ本番」というテーマで書いた作品です。元々は「新入社員歓迎会の飲み会でいきなりスピーチを求められ、クソみたいな話をする先輩」を書こうと思っていたのですが、あまりにもクソみたいな話なので気分が重くなるなと思い、アレンジしてこうなりました。長くなりましたね。

飄々としたおじさんが好きなので、そんなおじさんと思春期の少年との対比を意識していただけるといいかなと思います。特に少年(翔馬)のほうは、十年ぶりくらいに伯父と会うので緊張しています。でも親族なので全くの他人ではないという、難しい距離感を表現できるとリアリティが増すのではないでしょうか。
伯父が基本的にくだけた調子のため、とっつきやすくはあるので、徐々に心を開いていく感じが出せるといいかもしれませんね(そのつもりで台本は書きました)
とはいえそこまで意識しすぎず、声劇を楽しむのにお役立てください。

本文

◆シーン:久しぶりの再会(導入)

   BGM:民族音楽

伯父「(鼻歌)」

   SE:電気ケトルに水を注ぐ(やかんでも可)
   SE:電気ケトルのスイッチを入れる(やかんの場合はコンロにかける)

   SE:スマホの着信音
   SE:スマホをタップ(電話に出る)

伯父「――はい、もしもし」

友人『おーマジだ、繋がった! 久しぶりだなあ、俺だよ俺』

伯父「あー、オレオレ詐欺は間に合ってますよ」

友人『おいおい、わざわざ電話してやった貴重な友人に対して、第一声がそれか? お前が帰国したって聞いて、すぐかけてやったってのに』

伯父「どうせ酒の誘いか、お土産が目当てでしょ」

友人『まあそれは否定しない。で、どうよ今回は』

伯父「うん、まあ、君が気に入りそうな、丁度いい塩梅のパチモン時計はあったよ。途中で似せるのを諦めただろこれ、ってヤツ」

友人「お、いいねぇ! じゃ、またお前が海外に行っちまう前に受け取らねぇとな。今回はどれくらい日本にいるんだ?」

伯父「んー、決めてない。多分一ヶ月くらいかな」

友人「オッケー。また誘うわ。この間良い店見つけたからよ」

伯父「はいよ」

   SE:スマホをタップ(電話を切る)

   SE:お湯が沸く音

伯父「お、ちょうど沸いたかな」

   SE:お湯を注ぐ

   SE:コーヒーをすする

伯父「ぅあっち!!」

   SE:インターフォン

伯父「おっと、もう時間か。はいはいはいっと」

   SE:廊下を歩く

   SE:玄関を開ける

翔馬「……ども、おじさん」

伯父:(伯父、にっと笑って)「……やあ、翔馬君。久しぶりだね」

   BGM:民族音楽(フェードアウト)

◆シーン:散乱した部屋での相談会(本編)

   SE:廊下を歩く
   SE:ガサガサ(ビニール袋の音)

   SE:何かに足をぶつける

翔馬「いてっ!」

伯父「ああ、ごめんよ大丈夫かい。ご覧の通り、物が多くてね。気をつけて」

翔馬「(呟く)……ひでぇなこれ。ほんと、母さんの言ってた通りなんだな」

伯父「ん? なんて?」

翔馬「いや、なんでもないっす」

伯父「そっか。…………ひどくてごめんね」

翔馬「聞こえてんのかよ!」

   SE:ドアを開く

   ◇伯父たち、リビングダイニングへ入る。

伯父「さあどうぞ。今お茶を入れるよ」

   ◇以降、キッチンの伯父と会話。
    お茶の準備をしているため、時折食器のこすれる音など入れる。
    伯父は準備しながら話をしている感じで演技。

翔馬「お邪魔しまーす……いや、なんとなく察してましたけど、こっちの部屋も物量えぐいっすね」

伯父「いやあ、すまないね。旅先で色々買うのが趣味なもんだから、気付いたらこんなになっちゃって。片付けようとはしたんだけど、何しろ三日前に帰ってきたばかりでね。そこのソファーとテーブルだけは何とか空けといたから、良かったら座って。あ! 大丈夫。掃除はちゃんとしたし、座るところにはタオルを敷いてある。新品のね」

翔馬「……いやこれ、相談先間違えたかなあ、俺」

伯父「なんて?」

翔馬「なんでもないです!」

伯父「そっか。まあひとつ言えるのは、僕に相談だなんて、君は相当物好きだってことくらいかな」

翔馬「……さっきもですけど、ばっちり聞こえてんのに一回聞き返すのなんなんですか?」

伯父「ははは、ごめんごめん。この前までお世話になってた人がえらく早口でね。聞き返すのが癖になっちゃったんだ。ヒンディー語は勉強中だってのに参っちゃったよ」

翔馬「……ほんとに世界中を旅してるんすね」

伯父「ん、まあね。ああでも、気楽そうに見えて大変なこともあるし、翔馬君はこうなっちゃいけないよ。万一なろうものなら、君のお母さんに怒られるのは僕さ。またダメ兄貴って言われちゃう」

翔馬「心配しなくても、普段からしょっちゅう言ってますよ。あんな風にはなるなって」

伯父「おや、そうかい? じゃあ言わずもがなだったね。……はい、紅茶が入ったよ。ほら、座って座って」

翔馬「……ども。失礼します」

   ◇翔馬、ソファーに座る。伯父も対面に座る。

   SE:コーヒーをすする(伯父)

伯父「うん、このコーヒーは少し冷めても美味しいなあ。いや実は、ちょうどさっき、翔馬君が来る直前に淹れたんだけどね。イタリアで買ったコーヒー豆なんだけど……あ、というか翔馬君もコーヒーのほうが良かったかな?」

翔馬「いや、紅茶で大丈夫っす」

伯父「そっか。もしかして、コーヒーは苦手かい?」

翔馬「まあ……あんま飲まないっすね。苦いし」

伯父「ははは、だいぶ大きくなったなあとは思ったけど、そこはまだ子供らしくて安心するね。何歳になったんだっけ」

翔馬「十七っすね」

伯父「十七か! そっかあ。僕の記憶にある君は、新品のランドセルで喜んでる小学生だったんだけど、もうそんなに経つのかぁ……あ、知ってる? 君のランドセルは僕が買ったんだ。あの頃はまだ働いてて、お金に余裕があったからね」

翔馬「なんとなくだけど覚えてます」

伯父「あ、ほんとに? 嬉しいよ。おじさんらしいことができたの、多分、あのときが最後だから。会社やめたの、ちょうどそのあたりだしね。そこからはみるみる貯金もなくなって――」

翔馬「――あ、あの」

伯父「うん?」

翔馬「その……相談、なんですけど」

伯父「ああそうだった。ごめん、つい懐かしくなっちゃって。相談だね。なんだろ、僕に分かることなら良いんだけど」

翔馬「それは大丈夫っす。他ならぬおじさんへの質問なんで」

伯父「ほう。というと?」

翔馬「あの……なんつーか、おじさんが会社やめたのってなんでですか」

伯父「僕が会社をやめた理由?」

翔馬「はい。母さんが、三十過ぎるまではむしろエリートだったのにっていつも言ってるから」

伯父「由梨がそんなことを?」

翔馬「外資系企業に入って、バリバリ仕事して、すごい稼いで、なのにいきなり全部捨てて遊び回ってる馬鹿野郎だ、って言ってます」

伯父「それは手厳しいなあ」

翔馬「でも俺、おじさんの気持ち分かるんです! 多分、おじさんも俺と同じなんじゃないかって。だから、確かめたくて」

伯父「ふむ、なるほど……?」

   SE:コーヒーをすする(伯父)

伯父「うーん、ちょっとよく分かんないんだけど、翔馬君、まだ高校生だよね? 正社員として働いたことはないだろうし、僕の気持ちが分かるっていうのは、なんで?」

翔馬「それは……すいません。確かに分かるって言ったのはちょっとおこがましかったかもしれないですけど……なんつーか俺……」

伯父「ああ! 違う違う。責める気は全くなくてね。どうしてそんな風に思ったのかが、単純に不思議で。何か悩みでもある?」

翔馬「あ、いや……その……甘えてるって思われるかもしれないですけど……」

伯父「うん。なに?」

翔馬「俺……その……考えれば考えるほど、働きたく、なくて」

伯父「うん」

翔馬「来年には受験だから、将来のことを考えろって言われるんすけど、なんつーか、大学行ったら、就職で。それでその先はずっと働くのかって思ったら、その、耐えられる気がしなかったっていうか」

伯父「うん」

翔馬「それってなんだかすごく、虚しい気がして」

伯父「うん」

翔馬「父さんと母さんは、やりたいことを見つければいいって言うけど、そんなのなくて」

伯父「うん」

翔馬「とにかく、しんどいんですよ。将来のことを考えるのが。ちゃんとしなきゃって思うほど、しんどくて」

伯父「……それで、僕に連絡くれたんだね。びっくりしたよ、急にメールが来たから」

翔馬「すいません。なんつーか、働くのをやめたおじさんの意見なら、何か参考になるかもって思って」

伯父「なるほどね」

翔馬「でも、こんなの、やっぱガキの甘えた戯れ言ですよね……」

伯父「ふむ……」

   SE:コーヒーをすする(伯父)

伯父「そうだなあ、じゃあひとつ、クソみたいな話をしようか」

翔馬「クソみたいな話、っすか?」

伯父「うん。クソみたいな話。大人が子供にするには、不適切かもしれない話。でも僕はしちゃう。なんたって僕は、クソみたいな大人だからね」

翔馬「ははっ、なんすかそれ。確かにそうですけど」

伯父「こら! こういうのはね、自分で言うのはよくても他人が言ったら悪口なんだぞ! ……なんてね。ま、事実だからしょうがないね。で、そんな僕と同じくらいクソな話だけど」

翔馬「はい」

伯父「率直に言って、働きたくないなんてのは、ほとんどの大人が思っていることだよ」

翔馬「え?」

伯父「だって考えてもみてよ。コツコツ真面目に生きてきて、勉強も頑張って大学も出て、その結果が四十年の労働だよ? しかも、この国は高齢化が世界でいちばん進んでる。この先も年を追うごとに、リタイアしたご老人達が増えていくわけさ。働いてる世代は税金を払う形で、そんなご老人達を養ってる。昔より遙かに高い税率でね。決められた時間に決められた場所で、上官の命令に従いながら四十年働き、社会に尽くす。これは言わば、懲役四十年さ。嫌だろう?」

翔馬「嫌、っすね」

伯父「しかも四十年後、自分達がご老人側に回ったときに、同じように養ってもらえる保証はないんだ。なんならすでに、今のご老人達を支え切れてもいないしね。ご老人達はご老人達で、四十年の労役を終えてなお、少ない保証の中で生きることを強いられてる。弱っていく体を抱えながらね。つまり、こんなに苦労してるってのに、現役世代も、ご老人達も、みんなしんどい目にしか遭っていないのさ。ますます嫌だろう?」

翔馬「嫌、っすね」

伯父「そんなわけだから、働きたいなんて思うほうがおかしいんだよ。特に会社員はそう。会社員なんて、どんなに働いても賃金テーブルは決まっているからね。決められた以上はどうあっても稼げないのに、必要以上に頑張る奴なんているわけない。だって逆に言えば、賃金テーブルで決められた給料は、会社に在籍してさえいれば勝手に入ってくるんだから。遅かれ早かれみんなそれに気付いて、それなりの労力でこなすようになる。それが今の社会さ」

翔馬「そんなもん、なんすかね」

伯父「そんなもんだよ。決して若者に伝える内容ではないけどね。本当なら、若者には夢や目標の話をするべきなんだろう」

翔馬「でも俺、それ苦手です。夢とか目標ってやつ。何したいとか、特にないんで」

伯父「だろうね。でもいいと思うよ。夢や目標なんてのは、つらいことを無理矢理乗り切るための理由付けでしかないからね。そんないいものじゃない」

翔馬「そうなん、ですかね……うーん……」

伯父「翔馬君、忘れないでね。僕は今、クソみたいな話をしているから。クソみたいな大人がクソみたいな話をしていると思って、真に受けないくらいがちょうどいい」

翔馬「……じゃあ、真に受けないですけど質問いいですか」

伯父「どうぞ」

翔馬「『目標』はなんか、ゴールまで走りきるために自分を奮起させる材料、みたいな感じがするから、理由付けだって言うのも分かるような気がするんすけど……『夢』がそうだっていうのは、正直ピンときてなくて。だって『夢』って、自発的っていうか、自分で抱くものじゃないですか。やりたいこと、楽しいことですよね?」

伯父「まあそういう一面もあるだろうね。でも、夢を叶えるのって大変だろ? 一流のスポーツ選手が夢を叶えて、一流になれたのはどうしてだと思う?」

翔馬「そりゃ、努力したからじゃないですか?」

伯父「努力って百パーセント楽しいものかい? 夢を叶えるための努力なら、つらくなくなるのかい?」

翔馬「まあ……いや、うん。確かにつらいことも多いでしょうけど……そうか、それでつらいことを乗り切るための理由付けなのか……ううん……」

伯父「府に落ちない感じだね」

翔馬「いや、頭では分かった気がするんすけど、なんか、嫌で……」

伯父「言わんとすることは分かるよ。夢はもっとキラキラしたものであってほしいんだろ?」

翔馬「まあ、はい。自分でやりたいと思ったことなわけですし。もっと楽しいものなのかなって」

伯父「『やりたいこと』が、道半ばで『やりたくないこと』に変わることなんてざらにあるよ。残念ながらね。でも、それを乗り越えてやり続けることで『やってて良かった』になることもたくさんある。要は、そこにたどり着くための理由付けなんだよ。折れそうになった心を、『これは俺の夢だから』って言い聞かせて、誤魔化すためのものなんだよ。そうじゃなかったら、挫折して夢を諦める奴なんかいない。夢が本当に楽しいだけのものならね」

翔馬「そっか……ううん……」

伯父「はいはい。まあクソみたいな大人の話だからね。導かれるのはクソな結論さ。ついでにもっとクソなことを言えば、夢が自発的なものだってのも幻想だ。夢は、環境によって抱かされるものだよ」

翔馬「抱かされるもの?」

伯父「またスポーツ選手の話になっちゃうけど、アスリート一家、みたいな話があるだろう。あれなんて結局、周りの環境起因で家族全員がやらされた結果じゃない?」

翔馬「いや、まあ、きっかけはそうかもしれないですけど、結局興味を持ったのは自分なわけで……」

伯父「小さい頃なんて自分の家族だけが世界じゃないか。親なんて絶対だろう。そそのかされてその気になるのは、当然の結果さ」

翔馬「うーん……」

伯父「もっと身近な例で言えば、足が速いと褒められて陸上を始めたり、歌が上手いと褒められて歌手を目指したりと、長所を褒められたことでその気になるパターンは無数にある。もしくは、親の好きなアイドルに影響を受けてアイドルになりたいと思ったり、舞台に連れて行かれて役者になりたいと思ったり……全部環境起因だ。与えられたきっかけから、そうなりたいのだと思い込んでいく。さてさて、夢とはなんだろうね?」

翔馬「……おじさん、ほんとにクソみたいな話だね、これ」

伯父「だからそう言ってるでしょ。ま、意図的にねじ曲げて、悪い言い方をしたのは認めるけどね。とにかく僕が言いたいのは、夢とか目標なんて、考え方ひとつでその程度のものに成り下がるってことさ。僕たちは教育の中で、ことあるごとに夢を抱け、目標を持てと言われてきたから大事なものだと思い込んでいるだけなんだよ。実際は、決してそんな高尚なものじゃない。だから別になくたっていい。夢がないことで、悩む必要はないんだよ。むしろ良かったじゃないか。理由付けしてまで大変なことをしなくて済む」

翔馬「でもじゃあ、俺みたいな人間はどうしたらいいんです? やりたいこともない、働きたくもない。おじさんみたいなクソ大人のせいで夢も抱けない。そんな俺はどうしたら」

伯父「とりあえず、嫌なことから逃げまくってみればいいんじゃない?」

翔馬「え?」

伯父「『やりたいこと』はなくても、『やりたくないこと』はあるだろ? 実際、働きたくないとは思っているわけだし。じゃあ『やりたくないこと』基準で考えればいい。『やりたくないことはやらない』という選択をすればいいんだ」

翔馬「……いいんすか、そんなの」

伯父「むしろ何がダメなんだい?」

翔馬「いやだって、働きたくないから働かないなんて言ったら、父さんと母さんに怒られるじゃないっすか」

伯父「怒られるのが嫌なのかい?」

翔馬「そりゃ嫌っすよ!」

伯父「じゃあ働けば良い」

翔馬「は?」

伯父「働くのと怒られるのを比較して、怒られるほうが嫌なら働けば良い。働くほうが嫌なら怒られればいい」

翔馬「あ、そういうこと……?」

伯父「うん。もちろん、働かずにいても怒られない方法を探すっていう手もあるけど」

翔馬「マジか……」

伯父「マジだよ。実は、時に下を見るというのは有効でね。こっちよりはマシ、あっちよりはマシと思えれば、嫌なこともちょっと軽くなる。軽くなれば、動きやすくなる。でしょ?」

翔馬「まあ、確かに」

伯父「人間は贅沢だから、嫌なことがゼロってわけにはいかないんだ。何をやっていても、嫌なことは起きる。だからそのたびに、みんなそうやって比較して選択してるんだよ。自覚のあるなしにね。それを繰り返して、折り合いをつけるのがうまくなったのが大人ってわけさ」

翔馬「なんか、悲しい話だな……」

伯父「まあね。でも、言うほど悪くないよ。折り合いをつけるのがうまくなったってことは、嫌なことに接する機会は間違いなく少なくて済んでる。つまり、言い換えれば幸せなのさ」

翔馬「おじさんも?」

伯父「そうだと信じたいね。四十過ぎて独身、家はこうして散らかり放題だけど、それは言うほど嫌じゃないし、ちょっと働いて海外行って、良い景色を見て帰ってくる。そんな生活が、会社で働いてるより好きだからさ」

翔馬「その結果、甥っ子にクソ大人って言われても?」

伯父「あはは、そうだね。それでも僕は幸せだ。周りにどう言われようが、仕事が嫌だった、狭い国で一生を終えるのが嫌だった。だから僕は、よりマシなこっちを選んだんだから」

翔馬「そっか」

伯父「最初の質問の答えになったかな?」

翔馬「うん。サンキューおじさん。……また何かあったら相談して良いかな?」

伯父「Anytime. いつでもどうぞ。クソみたいな話しかできないけどね」

翔馬「それでも、親や先生に相談するよりは、欲しい答えがもらえる気がするよ。……あ、そういや最後に、クソみたいな大人のおじさんにいっこお願いがあるんだけど」

伯父「うん? なんだい?」

翔馬「お正月とか、なんかのタイミングでいいから、母さんに会ってくれないかな」

伯父「由梨に?」

翔馬「うん。母さん、ほんと、ことあるごとにおじさんを引き合いに出すんだけどさ。あそこまでくるともう、逆に好きなんだと思うんだよ」

伯父「由梨が? 僕を?」

翔馬「多分ね。だってほんとに嫌いな人の話なんて、話題に出さなくない?」

伯父「いやどうだろ。単に、反面教師にちょうどいいからじゃないの?」

翔馬「うーん、でもその割には、昔の兄貴はすごかったって、やたら言うからさ。(小声で)……正直俺、母さんブラコンなんだと思ってる」

伯父「は? 由梨が? あははは! 面白いこと言うねぇ翔馬君」

翔馬「おじさん、ほんとに心当たりないの? ここ十年じゃなくてさ。それより昔。小さい頃とかさ」

伯父「いやあ、ないないない! 全然な……ん? いや待てよ? 確かにまあ、昔は休みの日に由梨がくっついてくることが多かったような気も……」

翔馬「やっぱり! 頼むよおじさん。多分会ったら会ったで文句ばっかりだと思うけどさ。一回吐き出せば、多少は静かになると思うんだ。ね? 可愛い甥っ子の頼みだと思って」

伯父「あー……気が向いたら検討するよ」