陰キャはギャルに希望を見る

登場人物

  • 鍋島(男):高校三年生。表面上は優等生だが、内心ではそれなりにぼやくタイプ。
  • 先生(男):鍋島の担任にして、野球部顧問。

※明らかに男性として書いているので男性指定ですが、女性の方が演じられても問題ありません

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約12分(3560文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

「夏」というテーマで書いた作品です。逆に今までこのテーマで書いていなかったことが驚きですね。
キラキラまぶしい青春、泥まみれの熱い青春、開放的でドキドキする青春――夏はとにかく青春に向いた季節だと思っているのですが、にもかかわらず、生み出したのがこれでした。

他の作品でも描写したことがあるのですが、夏は室内と室外が本当に別世界だと思っていて、その気温差、湿度差が、なぜか私の中では夏の象徴のひとつなんですよね。隔離空間と夏が入り混じった先の、ほんの少しの青春要素をお楽しみください。なお、こんなタイトルなのにギャルの台詞がない台本です。お詫び申し上げます。

本文

 灼熱の日差し、濃い青空と入道雲。

 川の流れ、行き着く海と砂浜。水着の男女と打ち上げ花火。

 うちわ片手に座る縁側、心ばかりの涼しさとして、風鈴がひとつ。

 ちりん、ちりん。

 これぞ日本の夏。

 ――ってなもんで。

 ボジョレーなんとかがごとく、日々最高を更新していそうな猛暑日の中、みなさんはいかがお過ごしだろうか。

 少し思い浮かべただけでも、この島国にはキラキラとした「夏」のかたちがたくさんある。

 実際のところ、それは言うほど素晴らしいばかりではなく、体にまとわりつく不快な湿度と、命に関わるほど高い気温がついてまわってくるのだが。

 得てして思い出に変わる頃には、そんなことはすっかり忘れて、輝かしい結晶だけが残ってくれる。

 夏とは言わば、楽しさと切なさが詰まったエモーショナルな宝箱だ。

 そんな夏に、「高校生」、「夏休み」なんて要素が加わったらどうだろうか?

 いや、聞くまでもない。最強だ。

 たった三年間しかないからこそ、そして、子どもから大人へ変わる時期だからこそ。

 高校の夏というのは特別で、かけがえのないものになる。

 単に友達と遊びに行く行為ですら青春の一ページ。彼女なんてできようもんなら、青春の十ページくらいはあるだろう。

 実に良い。そうあるべきだ。……そうは思わないか?

「おう鍋島ぁ、調子はど……窓の外なんか見て、どうした」

「……ああ、先生。ちょっと夏について考えていまして」

「夏ぅ? 日差しが強かったらカーテン閉めて良いからな」

「ああ、はい。もう少し日が傾いてきたらそうします。西日になるので」

「おう。……いやしかし、今年の夏もほんとに暑いよな。今日も四十度近いってんだから参るぜ。鍋島も気をつけろよ」

「ありがとうございます、先生。先生こそ本当にお気をつけて。運動部の顧問って大変ですよね。僕は大丈夫ですから。先生のおかげです」

「がはは、大げさだよ! 勉強しに来た生徒がいる。それなら、環境を提供するのが学校の役目さ」

「でも、本当に良いんですか? 僕しかいないのにエアコンまでつけてもらって。学校の電気代って、要は税金でしょ?」

「相変わらず変な気遣いをする奴だな。当たり前だろ。エアコン代をケチって、お前に何かあったほうが問題だよ」

「助かります」

「まあなんだ、その恩を返せとは言わないが、お前が志望校に受かってくれれば一番嬉しい、とは言っとくよ」

「合格の際には、先生のおかげですって言っておきますね。校長先生あたりに」

「はっはっは! 楽しみにしてるよ! じゃあ、引き続き頑張れ」

「はい」

 がらがら、ぴしゃん、と音を立てて、先生は再び蒸し暑い夏へと戻っていった。

 僕はひとり、夏から隔離された教室に残される。

 ――とまあそんなわけで、僕は大学受験を冬に控えた高校三年生だ。

 「高校生」の「夏休み」という「最強の夏」も、そこに「受験」の二文字を加えるだけで一気に空気がピリピリし始める。

 あんなに輝いて見えたキャッキャウフフのイベントは全て窓の外。風物詩たるセミの鳴き声からも、灼熱の気温からも、部活の青春からも切り離されて、ノートを文字で埋め尽くすだけのまっくろな夏を体験することになる。……いやまあ、最後の部活に関しては、帰宅部を貫き通した自業自得なのだが。

 僕の同級生でも、今なお進行形で青春を謳歌している人はたくさんいる。例えば、先ほど様子を見に来てくれた先生。先生が顧問を務める野球部などは、その代表例だろう。彼らは夏の大会真っ最中。これを青春と呼ばずして、何を青春と呼べるだろうか。きっと今頃、泥で汚れた帽子をかぶり、最後の夏に汗を流しているはずである。

 優等生の皮を被り、内心で羨望せんぼうの涙を流す誰かさんとは大違いだ。

 僕は着席すると、嫌々ながらノートに向き合った。

 休みにも関わらず僕がわざわざ制服を着て学校に出向いているのは、家だと四人のちびどもがうるさいからに他ならない。

 いわば騒音からの逃避先としてこの学び舎に出向いているわけだが、しかし夏休みの学校もまた、思ったより音であふれている。

 運動部のかけ声、どこかから響いてくる楽器の音、そしてやっぱり、蝉の声。

 自分が静かな教室にいるからか、それらの音はどこか遠くの、違う世界の出来事のように思えた。

 音とはつまり、生きることなんだな、という哲学めいた思考が、頭の隅で浮かんで消える。

 彼らの音は、彼らの頑張りと汗を僕に想像させた。

 かくいう僕もそうだ。ノートをめくり、シャーペンを走らせる。姿勢を変えると椅子は小さくきしみ、制服が擦れた音を出す。

 小さくて地味な、受験生の音。けれども一度気付いてしまえば、それは確かに僕から発生する、僕の生きる音だった。

 ――まあ、要するに。

 些細な音が気になるほど集中力が落ちてきた。休憩しよう。

 僕は栞代わりのシャーペンをノートに挟んだまま閉じると、席を立った。カーテンの向こう、西日となって照りつける太陽は、そのくせまだまだ大いなる熱を地上に降り注いでいる。廊下に出ると、それをじっとりと思い知らされた。

 時刻はまさに、小腹が空き始めるおやつ時。僕は上履きから外履きに履き替えて、部室棟横の自動販売機を目指す。

 もっと近くにも自動販売機はあるのだが、わざわざ外に出てまでそこを目指すのには、いくつか理由がある。

 座りっぱなしの体を動かすため、とか。

 冷房で冷えすぎた体に熱を取りもどすため、とか。

 気分転換で外の空気を吸うため、とか。

 まあ、色々ある。

 のだが。

 白状すると、一番の理由は「自販機横のベンチ」にある。

(今日もいるなあ、相沢さん)

 目的地が見えてきた頃、視線の先には予想通り、同じクラスの相沢さんが座っていた。

 僕は正直、彼女のことが気になっていた。……と言っても、恋愛どうこうの話ではない。

 文字通り、彼女の存在が気になっているのだ。この灼熱の気温の中、わざわざ屋外のベンチに座る、彼女の存在が。

(熱中症とか、大丈夫なんだろうか)

 僕は自動販売機にお金を入れ、飲み物を選ぶふりをしながら、ちらりと彼女に目線をやる。

 部室棟のおかげでかろうじて日陰になっているとはいえ、あそこはかなり暑いだろう。彼女は、一体いつからあのベンチに座っているのだろうか。

 朝、僕が学校に来るときにはいなかった。でもこの時間には、いつもここにいる。少なくとも、僕がここで飲み物を買い始めた数日前からは毎日そこに、相沢さんの姿があった。

 部活っぽくはないんだよなあ。制服だし。薄い化粧もしているようだし、髪型だってなんか、おしゃれな感じだ。とても運動するようには見えない。というか、実際していない。ベンチで足を組み、スマホをいじっている。

 だからこそ不可解だった。なぜわざわざ炎天下でそれをやる。そもそも、言っちゃ悪いが、夏休みの学校にわざわざ来るタイプにも見えなかった。

 ギャルなのだ、相沢さんは。

 いや、分かっている。ギャルは夏休みの学校に来るはずがない、などというのは僕の偏見だ。直接話したことがないので、あくまで外から見る限りでの印象に過ぎない。いかに制服を着崩していようと、スカートが短かろうと、彼女が真面目で勤勉な生徒である可能性はある。

 実際、クラスでも別段問題児という感じではなかったはずだ。明るくて、コミュ強で、ちょっと声がデカい、ごくごく普通の一般ギャル。

 そんな彼女も三年生なのだから、もしかしたら彼女だって、図書室かどこかで勉強をしていた可能性は捨てきれない。いつもここにいるように見えるのは、休憩タイミングがたまたま毎日被っているのだ。人間の集中力は一定のサイクルで切れる。同じペースで勉強していれば、休憩タイミングが同じになっても不思議は……

(……やめよう、妄想が熱暴走気味だ)

 僕は首を振って、バカな思考回路にブレーキをかけた。とはいえ急には止まれず、陰キャ特有の気持ち悪いご都合主義な想像が脳裏をよぎる。

 ……もし、もし本当に、そうだったなら。

 相沢さんも、受験勉強のために学校へ来ているとしたら。

 勇気を出して話しかければ、ギャル特有のノリと勢いで、一緒に勉強することになったりして……

 ガコン。

 ――と、音をたててペットボトルが落ちてきた。

 気付けば僕の右手人差指は、自動販売機のボタンを押していた。

 どうやら本当に頭が熱暴走気味らしい。早急に冷やす必要がある。

 僕は投入口からペットボトルを取り出し、涼しい教室へと戻――

 戻ら……なかった。

 手の中の冷たいそれをまじまじと見る。

 ……きっとこれも、夏の暑さのせい。

 あるいは、僕にこれを買わせた運命のせいだ。

「――相沢さん」

 僕は熱に浮かされたままに、彼女に突貫した。

 買うつもりがなかった・・・・・・・・・・アイスコーヒーを片手に持って。

「突然ごめん。よかったらこれ、飲みません? コーヒー飲めないのに、間違って買っちゃって」

 苦い思い出になるかどうかは、彼女次第だ。