登場人物
- RENGE(男):ラーメンが好きで、全国各地のラーメン屋を巡っている
- 店長(不問):ラーメン屋「これがラーメン!」の店主
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約8分(2448文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「グレーゾーン」というテーマで書いた作品です。ネットでこの単語を調べると、
特に発達障害や知的障害の分野で「診断基準を満たさないものの、特性や傾向がみられる状態」を指す通称
という検索結果が出てくるのですが、今回テーマとしては、もっと単純に「あいまいな状態」という意味合いで採用しています。
この作品は、言わば「認識のグレーゾーン」とでも言いましょうか。人間って、意外と雑に物事を認識しているよね、というメッセージとして書きました。
例えば、日本人はパスタを「パスタ」、もしくは「スパゲティ」としてざっくり認識している傾向にありますが、実のところ厳密に太さや長さが定義されており、「パスタ」と言えば「一連の麺類の総称」だし、「スパゲティ」は「パスタ」の中の一種だしということで、きっとイタリア人から見ると、日本人雑だなあと思われているのではなかろうか、と思います。
同様に、日本人にとっても「ひやむぎ」と「そうめん」、「うどん」は、全部小麦粉由来ながら別物なわけでして。「中華麺」は、なおのこと別物なわけでして。
でもそれは外から見たとき、区別できない違いなのかもしれないなあというのが、今回の作品で描いた全てです。
完成した後に危ういなと思ったので先に断っておきますが、決して「外国人はラーメンとうどんも区別できないに違いない」などと言う、侮蔑の意図はありませんので、誤解無きようよろしくお願いします。
……とまあ、ここまで小難しいことを書いたんですけれども、結局この作品は、真面目にふざけたコメディ作品です。演じる際は難しいことを考えず、楽しく「ディスイズラーメン!」と叫んでください。
本文
「噂に違わぬすごい行列だな……」
俺はラーメンを心から愛するラーメニスト“RENGE”。
今日は、半年ほど前から話題になっているラーメン屋へとやってきた。
千葉県は佐倉市に突如として現れた新星。成田空港から電車で三十分という微妙な立地ながら、日本を訪れた海外からの旅行者を猛烈な勢いで吸引していると評判のこの店は、確かに外国人であふれていた。
様々な言語が飛び交い、まるで異国のような雰囲気。彼らは、全てがそろう東京よりも、一杯のラーメンを求めてここにいるわけだ。その行動力、その姿勢には感じるものがある。美味いラーメンのためだけに、わざわざ国を超えて日本の千葉までやってきた彼らとは、きっと仲良くなれるのだろう。――俺が、英検四級にすら落ちた男でなければ。
そんな英語力皆無の俺だが、時折、「ディスイズラーメン!」という言葉が飛び交っているのは聴き取れた。これは、店名の英訳だろうか。
昨今、ラーメン屋に限らず個性的な名前の飲食店が増えているが、パターンのひとつに、店主の主張をそのまま店名にしているものがある。この店はまさにその路線を走っており、その名も『これがラーメン!』。
まるで、これ以外はラーメンではないとでも言いたげな気骨ある店名だが、その気概を表すように、看板には、筆文字で勢いよく「これがラーメン!」と書かれていた。列に並ぶ客の多くが、看板をバックに写真を撮っている。ジャパニーズ・ショドーは、海外の方々に評判が良いようだ。
俺も写真こそ撮らないが、この店名は気に入っていた。世はまさに、ラーメン戦国時代。日本全国で、ラーメン屋が生まれては消えてを繰り返しているわけだが、それら全てを差し置いて「これこそがラーメンだ」と主張する挑戦的な姿勢。……ぜひとも、その味を確かめたいものだ。
俺は期待を胸に、最後尾に並んだ。
「らっしゃい!」
三、四十分ほど待っただろうか。
ようやく俺の番となり、のれんをくぐり入店すると、ラーメン屋らしい、威勢のいい挨拶が飛んできた。と、同時に鼻をくすぐる醤油の香り。
なるほど、どうやらこの店は、醤油ベースが基本らしい。家系ラーメンの流行により豚骨ベースの店が増えたが、醤油は醤油の良さがある。とすると麺は細麺か……いやスープが絡みやすい縮れ麺という可能性もある。俺は、まだ見ぬラーメンの姿に思いを馳せた。
ラーメニストをやっていて、ある意味一番楽しいのはこの時間だ。己の経験と五感を頼りに、最高の一杯を想像する。この工程こそが、ラーメン欲を高め、食欲を増進させる最高のスパイスになるのだ。
だから俺は、店について色々調べたとしても、店のメニューについては極力見ないことをポリシーとしている。もちろん今日も何も調べていない。俺からすれば、入店した時点からラーメンは始まっているのだ。最初から最後までラーメンを味わい尽くす。それがラーメニストのプライドだ。
食券機の前に進み、一通りラインナップを確認する。基本の「これがラーメン」に、トッピングが豪華な「これがラーメン特製」、そして、つけ麺バージョンの「これがつけ麺」――この三つが主力のようだ。その他、トッピングの追加に、ご飯などもあり、基本的なニーズは押さえていると言える。
俺は初回の場合「特製ラーメン」を選ぶことを基本としているため、「これがラーメン特製」をチョイスする。食券を渡すと、そのままオーダーが通った。店によっては、このタイミングで麺の硬さなどを聞いてくる場合があるが、それはないらしい。客に合わせることなく、店が考える最高を提供する。良いじゃないか。
ここまで来れば、あとは待ちの時間だ。見渡す限りの旅行客に囲まれて、日本人がひとり、ラーメンを待つ。さながら気分は日本代表。侍ラーメン戦士。
海外のお客さんが多いラーメン店は珍しくなくなってきたが、ここまで日本人の姿を見ないのは希少な部類に入るかもしれない。やはり立地の問題か。空港からなら電車で一本だが、県外から来ようとすると少しめんどくさいのが効いている気がする。近所の人も、これだけ行列ができている店には逆に寄りつかないのかもしれない。
「おまたせしました! 『これがラーメン特製』です!」
ゴトリ。重厚な音をたてて、ついにその一杯が俺の前にやってきた。
そのビジュアルに、俺は思わず息を呑む。
黄金色に輝くスープは透き通っており、研ぎ澄まされた究極のシンプル、醤油が行き着いた「あっさりの極地」を感じさせる。
トッピングはあえての豚ではなく、鴨肉をつかったチャーシュー。そして、焼き目のついた極太のネギが印象的だ。鴨とネギの相性が良いのは言うまでもないだろう。
そして最大の特徴は、思わず目を奪われる真っ白な麺だ。オーソドックスな中華麺は黄色がかっているイメージだが、この麺は、小麦の美しさを象徴するかのような白さを誇っていた。かつて西洋では、庶民は黒パンを食べ、貴族のみが真っ白なパンを口にできたというが、まさにそれを彷彿とさせる上品な輝き。極太麺なのも、まさに裕福な貴族像を想像させた。本当に、ふくよかで、スープをよく吸いそうな麺である……。
「店主」
「はい。あ、お冷やですか?」
「いえ……。これが……これが本当に、ラーメン?」
「はい! うちの看板メニュー、『これがラーメン特製』です」
「そんな……こんなの、ラーメンの概念を覆す一杯ですよ」
「ありがとうございます! おかげさまで、こんなにたくさんのお客さんに足を運んでいただいてましてね。――ヘイガイズ! ホワット、アーユーイーティング!」
「「ディスイズラーメン! FOOOO!!」」
「――ね? すごい盛り上がりなんですよ。お客さんもぜひ、うちの“ラーメン”、お熱いうちにどうぞ」
盛り上がる勢いにおされて、俺は力なく頷いた。ともすれば、頭が変になりそうだった。店主も、客も、口を揃えて「これがラーメン」だと言う。しかし俺の目にはどう見ても――
「いやこれ鴨南蛮うどんだろ」
――ずずず
バカうめぇじゃんリピしよ。
