運命みたいだったのに

登場人物

  • 僕(男):大学三年生。20歳。
  • 彼女(女):社会人3年目。24歳。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約4分0秒(1245文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文

数か月前に、スーツを着た彼女を見たことがある。

彼女は颯爽とクリニックの自動ドアを抜け、受付の女性と挨拶をして奥へと入っていった。

少し待ってみたが、一向に出てくる気配のないため、踵を返した。

帰り道、歩きながら考えてみた。自分と彼女のことを。僕は将来どうなるかも怪しい大学生で、彼女は地に足をつけた社会人。この違いはかなり大きいのではないかと思った。

例えば、僕が彼女の大学時代を知っていて、それなりの苦労の上にある現在の姿として実感できていれば、これほどの劣等感はなかったのかもしれない。

でも僕は、大人で、気が利いて、誰とでもすぐに仲良くなってしまう、そんな完璧みたいな彼女しか知らない。

そんな感じだったから、いつもの喫茶店に呼び出されて、急に別れを告げられた今も、不思議と平然としていられているのかもしれない。

僕は、彼女のコーヒーと、うつむいた彼女の顔に視線を往復させてから言った。

僕          「いつも紅茶だったのに、最近はコーヒーなんだね」

彼女       「…仕事で飲む機会が多いの」

僕は、紅茶を一口飲んだ。冷めた紅茶は渋みを増していた。

僕          「僕じゃ、物足りないよね? ただのそこらへんの大学生で、特別、将来性があるわけでもない。【君】に捨てられて当然だよ」

いつもは彼女のことは名前で呼ぶが、あえて、【君】と呼ぶことにした。

彼女はそれに気づいたのだろう。さきほどより緊張しているようにみえる。

彼女       「そんなこと、ないから」

僕          「へぇ?」

そのとき、僕の被害者意識は嗜虐心に入れ替わった。

彼女の返答は、僕には不誠実に聞こえたのだ。

僕          「【今】、【君】が好きなのはコーヒーを飲む人なんだろうね」

彼女       「え?」

僕          「【その人】はタバコを吸うのかな?」

彼女       「なにを、言ってるの?」

僕          「【その人】とはもうキスはした?」

彼女       「……やめて」

僕          「愚問だったかな。キスぐらい、もうしてるよね。【大人】なんだから。僕と違ってさ」

彼女       「やめてよ」

僕          「コーヒー、これからも続けるといいよ。【彼】のタバコの残り香と、コーヒーは相性がいいだろうからね。あ、もう知ってるか。余計なお世話だよね。僕はね、もともとコーヒー派だったんだよ。でも今は紅茶を飲んでる。

【君】の影響でね。皮肉だと思わないか」

彼女       「いい加減にしてよ」

彼女は、いつからか僕から視線を逸らし、窓際においてあるガラス製のクジラの置物を見ていた。僕たちは全然かみ合ってない。いつから? もしかして、最初から?

彼女       「勝手に決めつけて、被害者みたいな顔して喋って……。満足できた?

こんな形になっちゃって申し訳ないと思ってる。

でも、もう、…今の【君】に話すことはないから」

彼女はゆっくりと余韻を残すように椅子から立ち上がった。

彼女       「私、行くね」

ほとんど反射的に、彼女を引き留めようとを声を出したが、カラカラに乾いたのどに舌がへばりついたその隙間から絞り出た声は、彼女には届くはずもなかった。

彼女が会計をしているやりとりが小さく聞こえてくる。

僕はみじめさに押しつぶされ、机にうずくまることしかできなかった。