登場人物
- 私(女):25歳
- タカシ(男):25歳
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約7分30秒(2371文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
私: タカシがデート中、急に跪いてオフホワイトの白い箱を差し出してきた。
いわゆるプロポーズする男性の動作だ。
フツーに考えれば、付き合って8年にもなる恋人相手にこのシチュエーションはプロポーズである。
しかし、タカシはちがう。
これまでもことごとく私の想像を超えてきた。それも、悪い方に。
初めて私がタカシを認識したのは小学生の頃だった。
登校している途中、車に轢かれた猫がいて瀕死の状況であった。
猫の周りを小学生が囲っていたが、それ以上のことをしようとする者はいなかった。
その様子を見て私は苛立ちを覚えた。
ただ見ているだけの連中がひどく愚鈍で醜い存在に思えた。
急いで動物病院にでも連れていけばまだ助かるかもしれないのに。
猫を助けたいという気持ちと彼らへの怒りを推進力に、
私は猫に向かって駆け寄ったが、
その脇をすり抜けて猫を奪取していった少年がいた。
タカシである。
タカシは血まみれの猫をなんの躊躇いもなく抱きかかえると彼方へ走り去ってしまった。
私は唖然とした。猫を取り巻いていた彼らも唖然としていた。
そんな状況を俯瞰でみて、私は不思議な爽快感も感じていた。
その日の放課後、タカシは職員室へ呼び出された。
猫を助けたことを褒められたのではない。
結果として、タカシは猫を助けられなかった。それは仕方ないとして。
タカシは職員室で担任教師から説教を受けるために呼び出されたのだった。
なぜなら、タカシは死んだ猫をクラスで飼育しているニワトリに喰わせようとしたからである。
第一発見者のニワトリ係の少女は泣き叫び、全校を巻き込んだ騒動となった。
多数の目撃証言から犯人はタカシだと速攻でバレ、
クラスからサイコパスが爆誕したことに戸惑いを隠しきれない担任教師から
職員室で叱責を受ける運びとなったのであった。
タカシをかばうつもりはないが、彼は一応、瀕死の猫を獣医に診せたらしい。
というか、彼の実家は動物病院で、彼の父親は獣医である。父親に猫を診せたのだ。
そうして、手は尽くしたもののあえなく動物病院で亡くなった猫を、
彼は小学校へ運んできたのだった。
彼の父親もまさかニワトリに喰わせるつもりだとは思わなかったことだろう。
その出来事があって以来、私はタカシに注目してきた。
彼の行動は突飛で大胆で時にはサイコ味が強かったが、よく考えてみたら合理的だったりもした。
しかし、よく考えてみても意味が分からなかったことの方が多かった。
高校二年生の夏、彼から動物園のチケットを渡された。
土曜日の午後2時に集合だとのことだった。
急な展開にそわそわしていると、初めて見る私服姿の彼が現れた。
意外とセンスは悪くない。
彼はずんずんと園内を邁進していき、私はしおらしく後ろからついていった。
彼は各動物のケージの前までいくと毎度毎度立ち止まり、
丁寧に、それぞれの動物の生態、生息地、各個体の特徴、
ちょっとしたこぼれ話などを披露してきた。
デートかと思ったらマンツーマンでの動物園ツアーだったことに
面食らった私は根本的なことは指摘できず、
アリクイの意外な生態に驚嘆したりハイエナの風評被害に胸を痛めたりした。
動物園を一周すると、ちょうど閉館時間になったようで、
もの悲しいメロディーが園内に流れてきた。
彼は目を閉じ、メロディーに聞き惚れているようだった。
音楽が止むと、彼は何かを言おうとしている様子だった。
さきほどの流暢な動物ツアーガイドぶりが嘘のようにもごもごと言い淀むと、
ようやく心を決めたといった面持ちで
タカシ: また来週、同じ時間に集合な
私: と、言い残して去っていった
私は、ほう、と気の抜けた返事をしながら、
彼からもらったチケットをよく見てみると年間パスポートだった。
後に彼から聞いたところによると、
ウチが動物病院である関係で安く手に入るのだとか。
それからも彼と週末に動物園で会う日々は続き、
動物園ツアーは大学の講義みたいになり、
次第に動物園の職員の皆様とも仲良くなった。
動物の給餌やケージ内の掃除をお手伝いすることも珍しいことではなくなった。
初めてベンガルトラやハイイロオオカミのお世話をする際には園⾧さんに
誓約書にサインをするように求められた。
形式的なものだから何も心配いらないよガハハハハと豪快に笑う園⾧さんの目は笑って
いなかった。
大学受験が近づき、
これからは動物園ではなく図書館で会う事にしようと彼に言われたとき、
授業のコマ割りのごとく当然に私のスケジュールを差し押さえられることに反発心を抱いた私は、
「私たちってどういう関係なのかな?」とタブーのような当然のような疑問を彼にぶつけてみた。
彼はショックを受けたようで、数秒間放心した後で、
タカシ: カバとオックスペッカーの関係だ
私: と、のたまう。私が「どっちがカバ?」と聞くと彼は
タカシ: 僕がカバだ
とのことだった。私は彼を無言でにらみつけて帰った。
その晩彼から電話がかかってきた。
タカシ: 君をカバ扱いするのはマズいと思った
私: とのことだった。
タカシ: 確かに、カバは痛いのを我慢してオックスペッカーに背中をつつかせているけど、
他に寄生虫を除去する手段をもたないカバにとってはメリットのある行為なんだ。
だからこその共生関係なんだ。彼らは対等なんだ
私: と、熱弁する彼をよそに私は電話を切った。
翌朝、玄関のドアを開けると目を赤く腫らした彼が立っていて、
付き合ってくださいと頭を下げてきたので私はにっこりと笑って了承した。
そんなこんなで年月は過ぎてゆき、白い小箱を差し出す彼に至る。
さあ、どう出るか。
小箱を受け取る。
「開けていい?」
彼はうなずく。
ハリーウィンストンの小箱を開けると、ハリーウィンストンの指輪が出てきた。
「まるまる太った芋虫か、小さめのスイカでもよかったんだけど」
タカシ: 君はオックスペッカーでもカバでもないからなぁ
私: 泣いている私の前で彼は笑った。