カラスの唄は茜色

登場人物

  • フギ(若い):若いカラス

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約7分30秒(2294文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文

フギ: 一晩中降り続いた雪は、いつもの雑木林をすっかり白で覆ってしまった。俺達カラスは雪景色の中では目立ってし まって具合が悪い。 幅の広いモミの木に作られた巣から地面へ飛び降りて、雪の感触を確かめる。 ザクザクと小気味いい音を立てながら歩く。 一歩進むごとに体の芯から冷えていくようで、たまらず低い木の枝へ避難する。ああ、寒い。

<SE> クアッ ! クアッ !

フギ: 巣の中に一羽取り残されたムニが鳴いている。カラスは明確な意味を持って鳴くらしいから、きっと俺に何かを伝えた いのだろう。しかし、俺にカラスの言葉はわからない。本来、野生動物の言葉などは教わらなくても、本能的に知っていそうなものだが、俺には言語能力が一切欠けてしまっているようだ。その代わりなのかは分からないが、俺は他のカラスよりも幾分知能が高いように思う。そもそも、自分のことを「カラス」だと認識している点が既に妙な感じがする。野生動物が、自分のことを犬だの猫だの、一々自覚しているものなのだろうか。もしかしたら、俺には前世の感覚や知識が残っているのかもしれない。

<SE> クアッ ! クアッ !

フギ: ムニのやつがまた鳴いている。忙しないやつだ。仕方がないので、巣まで引き返すことにする。

<SE> バサッ  バサッ

<SE> ドオーーォン

フギ: 巣まで戻るのと同時に遠くで銃声が聞こえた。 近くに猟師がいるようだ。ムニが鳴いていたのはこのせいだろう。野生の勘というものなのか。ムニは危険に対する直感が鋭い。巣まで戻るとムニは安心の色を浮かべた 眼差しで俺を見た。母鳥がいなくなってからムニは心配性になってしまったようだ。以前は、母鳥と他の兄弟達とともにこの巣で暮らしていたが、兄弟達はハヤブサとキツネに襲われ、母鳥はいつの間にかいなくなってし まった。今では、この巣に住んでいるのは俺とムニだけだ。フギ、ムニ、という名前は俺が名付けた。特に理由はない。ただ、一緒に暮らすものには名前が必要だと思ったのだ。 普通、カラスはそんな風には思わないらしく、母鳥は子供らに名前をつけなかったから、俺を含めた兄弟たちにも名前はなかった。 だから、自分自身で名前をつけた。 俺の名前はフギ、唯一生き残った兄弟の名前はムニ、そう決めた。 名前の由来も何もない。なぜだか頭に浮かんだ名前をそのままつけた。もっとも、ムニにとっては名前なども何の意味もなく、また、カラスの言語を知らない俺が、ムニの名を呼ぶことはない。ただの、認識上の話だ。

<SE> クアッ ! クアッ !

フギ: ムニはまだ鳴き止まない。少し気になるし、銃声のした方へ行ってみるか。ムニは成長が遅く、まだ外を飛び回ることができないので、外をパト ロールするのは 俺の役目だ。

<SE> バサッ  バサッ

フギ:  数百メートル飛んだところに猟師らしき人間の姿を見つけた。 木の根に腰掛けてタバコを吸っている。 銃は手元になく、木に立てかけてある。 特に危険はなさそうだ。 猟師に見つかると厄介なので、そのまま、巣まで引き返すことにした。しかし、帰ってもムニが鳴き止むことはなかった。

<SE> 森が燃える音

フギ: 山火事が起きたのはその日の夜だった。パチパチと木の皮が爆ぜる音で目が覚めると、即座に周囲を見回す。 辺り一面、火の海だった。 燃え盛る木々や草に照らされて降り積もった雪が浮き上がってみえる光景は幻想的であったが、身震いするほど恐ろしくもあった。

<SE> クアッ ! クアッ !

フギ: しばらく呆けたように思考停止してし まったが、ムニの鳴き声で正気に戻る。 直にこの巣も火に呑まれてしまうだろう。 ムニを連れ出そうと、翼を広げたジェスチャーで合図するが、ムニはただ泣き続けるばかりで一向に飛び立とうとしない。

<SE> クアッ ! クアッ !

フギ: ムニはまだ巣から出たことがない。 外の世界を怖がっているのだろうか。 無表情なカラスの相貌からは何も読み取れないが、この緊急時にそんなことに構ってはいられない。無理にでも巣の外に押し出そうと、ムニに体を押し付ける。

<SE> クアッ ! クアッ ! クアッ ! クアッ !

フギ: ムニは明らかに怒っているようだった。 状況がわかってないのか。 既に火は目の前まで迫っている。 俺は、ムニの顔に真正面から向き合った。 何とか意思を伝えられないかと瞳に向かって訴える。

<SE> クアッ ! クアッ !

フギ: カラスの言葉がわからない俺にも、フギの言っていることがわかった。ムニは状況がわかっていないわけではないのだ。いなくなった母や兄弟達のためなのか、まだ未発達な自分が巣の外では生きていけな いと悟っているのか、巣から離れることを明確に拒んでいる。どうするべきかと思考を巡らせているうちに、気がついたことがあった。フギ、……それは、俺のためなのか?

<SE> クアッ !

フギ: 巣の一端が燃え始めたと同時に、ムニの体当たりによって巣の外へ弾き出された。俺は振り返ることなく、息が詰まる熱気の中から夜空へ向かって突き進んでいく。 炎の渦から抜け出して見えた景色は暗く、何の希望もないように見えた。

<SE> 森が燃える音

フギ: それから俺は、厳しい自然の中、一羽きりで何とか生き延びている。 相変わらずカラスの言葉は分からないが、あの日の炎のように真っ赤な夕日が見える時には、鳴き声を出さずにはいられない。意味などない、無茶苦茶な唄を、ひたすらに喚き続ける。ムニのことを思い出しながら。