登場人物
- 記者(男):中年男性
- 女(女):幽霊。少女〜老女までを演じ分け
- 刑事(不問):セリフは一言だけ。兼ね役可。
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約4分30秒(1342文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
満月の夜。公園のベンチでは雑誌記者の男が煙草をふかしている。
彼は追い詰められていた。 一つには、雑誌に掲載するオカルト 記事の締め切りが迫っていた。
一つには、甲斐性のないために恋人から愛想を尽かされていた。
一つには、変わり映えのしない生活にうんざりしていた。
記者:どうしたもんかねぇ。何かパッと事件でも起きればなぁ
彼が座る公園のベンチは、曰く付きであった。 雑誌記者である彼は、もちろんそれは織り込み済みで、彼自身に、それが降りかかってくる のを待っているのだ。 半ば冗談。半ば本気で。
もし、この公園の噂が本当であれば、そのことを記事に書けるし、人生の刺激にもなる。噂が嘘だとしても、ただの日常に戻るだけ。彼にとっては、ベンチに座らない理由はない。だから、彼は、ベンチに座っているのは自分の意思だと 思っていた。
少女:ねえ、おじさん。ここで何してるの?
彼は心底驚いた。いつの間にか彼の隣には見知らぬ少女が座っている。歳の頃は五歳くらいだろうか。噂は本当なのかもしれない。彼は少女の質問には答えず、次の煙草に火をつけた。煙草を吸いながら横目に少女の様子を窺う。見たところ、普通の少女だ。物悲しい夜の公園のベンチに座っているのが如何にもミスマッチである。しかし、夜の公園にたまたまやってきただけの女の子だという可能性は拭えない。
女子高生:ねえ、おじさん。少しお話しない?
彼の心臓は恐怖に凍りつく。隣に座っていた少女が瞬きの間に十代半ばほどの女に変わっていた。思わず煙草にむせそうになったが、寸前でなんとか平静を取り戻した。間違いない、あの噂は本当だった。しかし、なんということはない。俺はただ、このまま煙草を吸いながらやり過ごせばいいのだ。
若い女性:ねえ、聞いてるの? 女子高生は二十代半ばほどの女性に変わる。
この状況に慣れたというほどではないが、噂通りに事が運ぶとわかっていれば恐れることない。
中年女性:私って、気が長い方じゃないの
恐れることはないのだ。
老女:無視するんじゃないよ。若造
その言葉を聞いた後、ベンチの隣を向くと、そこには壺が置いてあった。噂通りだ。少女から始まり、最後には老女となって、骨壷になる。
記者:さあ、ここからが本番だ
噂では、この後、骨壷が女の幽霊に変わるはずだった。ここで、明暗が別れる。その幽霊はその女が興味を持った者にしか見えないというのだ。そし て、幽霊に認められた者は、その女の幽霊と永遠にあの世で暮らすか、現生を生き続けるかの選択肢を与えられる。現生を生き続ける方を選んだ男は、不思議と女性からモテるようになるという。彼は、当然のごとく、現生を生き続けモテモテになる道を望んでいる。
記者:さて、どうなるか
彼は、骨壷の正面に立ち、精一杯に目を見開いた。
SE <雑踏、カメラのシャッター音>
刑事:オイオイ。この仏さんは、なんつー顔して死んでんだよ
翌朝、ベンチに座った状態の彼は、遺体となって発見された。その顔は満面の笑みを浮かべていた。それはまるで、初デートに浮かれている若い男のようだった。