登場人物
- 僕(男):某大学の映画サークルの新歓コンパに参加した新入生
- 先輩(女):某大学の映画サークル所属の先輩
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約7分0秒(2002文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
先輩「何考えてるか、当ててあげよっか?」
その先輩は、急に僕の前に現れた。映画サークルの新歓コンパが始まって10分ほどで、すでに会場は大騒ぎになっていた。だから、影の薄い新入生が一人いなくなったところで、 誰も気づかないだろうと思っていたが、 どうやらそうもいかないらしい。
僕「なんですか? 急に……」
先輩「君さぁ、自分以外、ばかだと思ってるでしょ?」
僕「別に、、、そんなこと、、、」
先輩「うっそだぁ! 顔に書いてるよ?」
僕「え……」
僕は思わず、顔を触った。
先輩「ははっ! 嘘でしょ!? ほんとに書いてあるわけないじゃん! 君、そのキャラで天然!?」
僕「……僕、帰ります」
僕は、ポケットの財布から4千円を抜き出して、先輩に突き出した。
先輩「いらないよ? 君、新入生だよ? 歓迎会なんだから、新入生はタダ」
僕「いいです。払います」
僕は、4千円を強引に先輩に握らせて、会場を後にした。
まだ宵の口の街中では、若者たちがはしゃぐ甲高い声が目立った。街の空気も澱んでいる。嫌な夜だ。
先輩「待ってよぉ!」
僕「……なんで、ついてきてるんですか?」
僕「え? 知りたい?」
僕「別にいいです」
先輩「ちょっ! 待ってってば!」
僕「しつこいですよ」
先輩「いや! ね! 私、君の顔がタイプなの! ね!?」
僕「え……」
先輩「あ、本気にした?」
僕「……なんなんですか、一体」
先輩「ちょっとだけ……話さない?」
先輩は、にっこりと笑って、公園のベンチを指さした。
僕「はぁあぁあー」
僕は、深くため息をついて、 たっぷりと不満を表明してから、従うことにした。
先輩「私の名前、ちょうちょ、っていうんだ」
僕「そうですか」
先輩「変わってるでしょ?」
僕「少し」
僕が、素直に感想を告げると、先輩はカラカラと明るい笑い声を上げた。
先輩「やっぱり! 君はそういう反応だと思った!」
先輩は、ひとしきり笑ってから、会話を続ける。
先輩「私ね、ずっとこの名前が嫌で、どうすればいいのか、ずっと考えてたの」
僕「はあ」
先輩「それでね、最近、やぁっと解決策が見つかったんだ! 先月、渋谷でスカウトされたの!」
僕「はあ」
先輩「私、相原ちょうちょは、明日付けで、芸能人になります!」
僕「……なんで、そうなるんですか?」
先輩「え? 何でって?」
僕「いや、だって……。フツーに区役所いって名前変えれば?」
先輩「そんなのルール違反じゃない!?」
僕は、ルールってなんだよ、と思いつつ、 だんだん先輩のペースになりつつある会話を妨げるため、 しばらく黙っておくことにした。
先輩「芸能人になったら、芸名をつけられるでしょ? そうしたら、世間からはその名前で認知されるわけじゃない。そこが芸能人のいいところなの。そうして、どんどん、有名になって、今の名前が全然呼ばれなくなったら、私の勝ち!」
先輩は拳を握って、天に突き出した。
先輩「どうよ!?」
僕「知りませんけど」
僕は、ベンチから腰を上げた。
僕「知りませんけど、いいんじゃないですか? 僕は向上心のある人は嫌いじゃないです」
先輩「へへ! ありがと!」
先輩は、ベンチから跳ねるようにして立ち上がると、 驚くほど、近くで笑顔を見せてくれた。そして、そのまま、顔を近づけて、 顔を近づけて、 僕に、 キスをした。
僕「な、なな、な……!」
先輩「お礼だよ? あ、言っとくけど、初めてのやつだから、……あ、いや、初めてじゃないけど、まぁまぁ初めてのやつだから、うん」
先輩は、ぴょんと、後ろへ飛び跳ねた。
僕「な、な、なな……!」
先輩「えっとねー、君には、私のこと覚えていてほしいんだ。ほら、ちょうちょって名前は、嫌いなんだけど、一人くらいには、ちゃんと覚えてて欲しいからさ。ここまでしたら、ちゃんと覚えててくれるでしょ?」
僕は、首をせわしく縦に振る。当たり前だ。こんなことされたら忘れられない。多分、一生。
先輩「よかった」
先輩はそう言って、笑顔で手を振りながら去っていった。明日また会えるようなあっけない別れ際に、拍子抜けしてしまった。今日の出来事は、先輩にとってはなんでもないことなのだろうか。でも、僕の中では、間違いなく何かが始まっていた。
それから、数ヶ月後、先輩は芸能人として、 TVの向こう側の人間になった。 雑誌の表紙や広告で先輩を見かけると、 僕はむずむずと落ち着かない気持ちになる。あの日、僕は先輩に伝えられなかった。
僕「ちょうちょ、って名前。僕は嫌いじゃないですよ」
いつか、先輩を目の前にして伝えよう。そうして、キョトンとした先輩の顔をカメラにおさめて、全世界に晒してやろう。その時がくるまで、僕はカメラを持ち続けることにした。