登場人物
- フランツ(31歳)……教会の司祭。ギターを嗜む。
- ヨーゼフ(26歳)……教会の副司祭。詩人。
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約8分(約2300文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
特にありません。自由に演じてください。
本文
※この作品は史実をモチーフにしていますが、フィクションです。
■1
フランツM:
1818年12月23日のことだった。
ああ、寒い……また、雪が降ってきている。
私は、礼拝堂に入ると、
かじかんだ両手を口元に持ってきて、息を吹きかけた。
私は、礼拝堂のオルガンの所まで来ると、
椅子に座って、ペダルに足を置いた。
あれ? 踏み込んでも、なんだかスカスカな感触だ。
こんな時に……
この積雪じゃ、カールを呼んで直してもらうわけにもいかない。
どうしたものか……
しかし、考えてもしょうがない。
楽器を直すのは職人の仕事。
私の仕事は、主の手足となり、主と人々を繋ぐことだ。
自分の役割ではないことを考えても仕方がない。
明日、楽器無しで、どんな曲を歌うか考えながら、
ストーブの薪(まき)を運んだりしていたが、
それも、いったん止めた。
明日の説教の内容を考えることにした。そのうち、夕方になった。
ヨーゼフが帰ってきた。
フランツ:
お帰り。
雪の中大変だったな……なんだ? 浮かない顔をしてるな?
ヨーゼフ:
浮かない顔に見えました?
今日、祝福しに行った、母親と赤ん坊を見ていたら、
いろいろと思い出してしまって……
フランツM:
私は、ストーブに手をかざしながら聞いていた。
ヨーゼフ:
今まで見た中で、
一番、子どもを喜んでいる母親に見えたんです。
僕もあんなふうに、生まれてきたことを喜ばれたんだろうかって……
フランツ:
考え過ぎだ……
我らは皆、神に祝福されたから、生まれてきた。
そして、こうやって生きている。違うか?
ヨーゼフ:
神よ、もうちょっとは、母に楽をさせてくれても良かったんじゃないか……って、思ってしまうことがあるんです。
聖職者失格かなあ……
フランツ:
お袋さんのことは、気の毒だったとは思うよ。
だが、ヒルンレさんのお陰で、お前は、神学校にも通えた。
だから、こうやって副司祭をやれてるんじゃないか!
これこそ、主の導きによるものだ!
ヨーゼフ:
そうでしたね……
フランツ:
それより……困ったことになった……
ヨーゼフ:
え? どうしました?
フランツM:
私は両手を広げて言った。
フランツ:
オルガンが壊れた。
■2
ヨーゼフ:
ええ? よりによってこの日にですか?
ああ、なんてことだ!
明日のクリスマスのミサが…… カールに修理を……
フランツ:
この雪だぞ! カールの工房は遠い。呼びに行くのは無理だ。
フランツM:
私はあごに手を当てて、首をひねった。
フランツ:
それで……伴奏無しで、どんな讃美歌にしようかって
考え込んでいる……
ヨーゼフ:
オルガン無しで歌うのは 厳しくないですか?
フランツM:
ヨーゼフもうつむいて首をひねっていたが、何かを思いついた様子で顔を上げた。
ヨーゼフ:
……………………新しい讃美歌を作ってみませんか?
フランツ:
新しい讃美歌?
ヨーゼフ:
そうです!
フランツ:
何言ってるんだ。言っていることがわからないぞ!
ヨーゼフ:
フランツさん。
あなたは、ぼくが、ぐちゃぐちゃ考える癖があるのは知ってますよね。
フランツ:
ああ、そうだな……
ヨーゼフ:
僕が詩を書いているのは知ってましたか?
フランツ:
いや? 今、初めて知った!
ヨーゼフ:
おこがましいですが、主についての詩もあるんです。
これを歌詞にして、曲を作りませんか?
フランツ:
歌詞だけあっても、メロディが無いと!
ヨーゼフ:
フランツさん、あなたが作るんですよ!
フランツ:
私が? 無理だ!
私は、作曲家じゃない!
オルガンは壊れてるし。
ヨーゼフ:
あなたは、ギターを弾けるじゃないですか?
フランツ:
趣味程度だ。
コードだって、そんなに知らない!
ヨーゼフ:
シンプルにすればいいんんじゃないでしょうか。
そうすれば歌いやすくもなります。
歌もメロディもシンプルな方がいいこともあると思います。
フランツさんでも、三つのコードくらいならわかるでしょう?
それにあなたが、ときどき弾いている即興の曲、聞きながらいいなあって思ってたんです……
フランツ: あれは、ただのおふざけだ!
……作曲……しかも讃美歌の作曲というのは……
ヨーゼフ:
でも、明日、何か歌わないわけにはいかないじゃないですか。
とにかく、詩を持ってきます!
フランツM:
ヨーゼフの奴は、私の答えを聞く前に、自分の詩を取りに行ってしまった。やれやれだ。
■3
ヨーゼフ:
これです!
語り:
ヨーゼフが持ってきた詩を私は見た。
フランツ(詩の朗読):
静かな夜 聖なる夜
すべては静寂(せいじゃく)で すべては輝いています
あそこに聖母と御子(みこ)がおられます
聖なる御子 柔らかに穏やかに
深く平和に眠っておられます
深く平和に眠っておられます
フランツ:
これは……
ヨーゼフ:
聖なる夜にぴったりでしょう?
フランツM:
シンプルでいい詩だと思った。
平和で神聖な眠り。
たぶん、ヨーゼフには、何十年も、平和で静かな夜が無かったはずだ。
彼が毎日、欠かさず夜中にうなされているのを私は知っている。
ヨーゼフの母が、どこの馬の骨かもわからない兵士の子を身ごもり、
生まれたヨーゼフは、父無し子と周りから呼ばれ蔑まれ(さげすまれ)、
時には暴力を受け、
母親が極貧(ごくひん)のうちに死んだことも私は聞いていた。
大聖堂合唱隊責任者のヒルンレさんは、
まだ子供だったヨーゼフの歌の素晴らしさを知り、
養子にした。
それがなければ、ヨーゼフは、どんな人生を送っていたことか。
それでも、お前は、まだ人並みに魂の安らぎを得てないんじゃないか?
私は別のことも思い出していた。
自分は神に選ばれていると思いあがっている教会の大幹部たち。
誰が一番偉いかで、争っている様を。
彼らは、いったい聖書から何を学んだのやら。
「偉くなりたい者は、皆に仕える者となりなさい」
というあまりにも基本的な聖句も忘れてしまったのだろうか……
矛盾を抱えていることを素朴に認めている者こそ、
主と……我々を繋ぐメッセージを伝えられるのではないか。
フランツM:
私は、ギターを持ってくると、軽く弦をつま弾いた。
★(SE) (讃美歌っぽいメロディのギターっぽいつまびき)
語り:
この旋律じゃないな。
深夜になっても、曲が定まらなかった。
ヨーゼフの歌詞に負けないくらいの曲にしなきゃな……
明け方近くになって、ようやく曲ができた。
ヨーゼフの奴、椅子によりかかって寝ていた。
よくこんなに寒いのに眠れるものだ。
……いや、そういえば……
ヨーゼフが、うなされずに深く眠っているのは、初めてじゃないか?
フランツ:
おい、寝坊助(ねぼすけ)。曲ができたぞ!
フランツM:
私は、ヨーゼフをゆり起こした。
ヨーゼフ:
うーん……え? できたんですか?……聞かせてください!!
フランツM:
私は、できた曲の触りをつま弾いた。
(SE) (きよしこの夜の一部、ギターっぽい音でのつまびき)
ヨーゼフ:
……いいじゃないですか!
語り:
私は、再び、最初から、その曲を奏でた。
そして、もう一度。
一回聞いただけなのに、ヨーゼフは、私のギターの伴奏に合わせて、素晴らしい歌声で、新しいその讃美歌を歌い始めた。
BGM:
きよしこの夜の楽曲を流す、歌うなどの演出……
※『きよしこの夜』の日本語の歌詞は、まだ著作権が切れてないことに注意してください。
曲のメロディ及び
英語とドイツ語の歌詞は著作権が消滅し
パブリックドメインになっているので、演奏や歌っての配信は問題ありません。
語り:1818年12月。
オーストリアのオーベルンドルフ聖ニコライ教会のオルガンが壊れた。
クリスマスが迫っているのにも関わらず、オルガンの修理の目途が立たなかった。
それがきっかけで、
聖ニコライ教会所属のヨーゼフ・モールと、フランツ・グルーバーは
ギターを使い「きよしこの夜」という新しい讃美歌を作った。
そのシンプルで美しい歌詞と曲は、
多くの人々を魅了し、世界中に広まり、今日でも歌い続けられている。
※この作品は史実をもとにしていますが、フィクションです。
参考文献
◆
◆愛媛大学工業会会誌
http://www.eukogyokai.jp/wpcontent/uploads///ffbfddbcafcfb.pdf
2011年11月 藤井晴夫
きよしこの夜の歴史