登場人物
- 柱を見つけた男(男):アゴラ(共同広場)に突如現れた柱を最初に見つけた男
- 丘の上の男(男):哲学者
- 街の人々(男):柱について口々に噂する人々。※複数人を兼ね役で演じるのが丁度良いかと
- 街の人々(女):柱について口々に噂する人々。※複数人を兼ね役で演じるのが丁度良いかと
所要時間(300文字あたり1分として計算)
約5分30秒(1708文字)
台本についての補足説明(ディレクション等)
「公園」というテーマで書いた作品です。古代ギリシャをイメージしています。哲学が好きなのでその雰囲気を込めた結果、曖昧な作品になりましたがそれも「らしい」のかなと思います。
モブがたくさん登場するので何人用のシナリオとしておくべきなのか難しいのですが、一旦4人用としておきます。演じる方の人数に合わせて配役してください。
本文
それは、人類の叡智が輝きを増した時代。
人々はポリスと呼ばれる都市国家を形成し、共同で生活しながら、議論に明け暮れていた。
「やはり誰かのいたずらではないのか」
「いいや、奴隷が束になっても抜けなかったんだ。誰にも気付かれずに、そんなものを打ち込むことはできないだろう」
「そうだ。きっとこれは神からのメッセージに違いない。正しく読み解き、活用できれば、さらなる発展が約束されるはずだ」
本日の議論の的は、一柱の柱だった。高さは大人の身長を倍にした程度、太さは、小柄な女が両腕を回して丁度といった代物で、素材は石。それも、純白の石である。それは、彼らが丘の上に建築した神殿――すなわち、守護者の神殿に使ったのと同じ素材だった。
目を引くのはその表面だ。ひとつの石材から切り出されたであろう継ぎ目のない白柱は、光を反射するほど見事に磨き上げられていた。その美しさは、凝った装飾にも負けない神々しさを人々に感じさせる。そして、その魅力に惹かれてひとたび触れれば、ひんやり、つるつるとしていて、不思議な心地よさもあった。その魅惑の手触りもまた、人知を超えた何かを人々に思わせるのに十分であった。
そして極めつけは、「作者不明」という事実である。柱は三日前、アゴラ――すなわち、生活の中心である共同広場に突如として現れた。
最初に柱を見つけた男は語る。
「俺がいつものように一番乗りで広場に向かうと、見覚えのない柱があったんだ。だから俺は最初、夜のうちに、誰かが勝手に作品を置いていったんだと思った。そういう芸術家気取りはたまにいるだろ? 日の出の直前でまだ薄暗かったのもあって、全貌はよく見えなかったし、どうせしょうもない自己顕示欲のひとつだと思った。鼻で笑いながら、どうしたもんかと頭を巡らせたもんさ」
男は、話を聞こうと群がる民衆に向かって、さながら吟遊詩人のように朗々と、身振り手振りに表情まで加えて言葉を紡ぐ。大仰な男の話しぶりに、しかし人々はすっかり引き込まれていた。男は、ここぞとばかりに目を見開き、弁を振るう。
「……でもな、本格的に太陽が顔を出して、あたりが一気に明るくなったとき、俺の心はがらっと変わった。――美しかったんだ、あまりにも! しかもよく見りゃ、ただそこに立ててあるんじゃなく、地面に突き刺さっていた! この、毎日大勢の人間が踏みしめている硬い地面に、だ! そんなのただでさえ大変なのに、夜のうちにとなればなおのことだろう。だからもう、これはいよいよ作者が気になるってんで、誰が名乗りを上げるかと、俺は一日中広場で張った。これほどの目立ちたがり屋だ、すぐ出てくるに決まってると思ってな。……が、みんなも知ってのとおり、今日このときまで、音沙汰なしだ。目撃者もいねぇ。こんな不思議なこと、他にあるか? 俺は知らないね」
男の話は、その興奮とともにたちまちポリス中に広まり、考察好きの人々を熱狂させた。そしてすぐ、噂となって都市中を飛び交い始める。
「おい聞いたか、例の柱、やっぱり神の建造物だってよ!」
「いや、人間にも作れる可能性はあるって言ってたぞ。確か――」
「柱に触れさせたうちの子の病気が治ったのよ! もうずっと、咳が止まらなかったのに! 治癒の柱に違いないわ!」
「試しに壊そうとした馬鹿がいたらしいんだが、傷ひとつつかなかったらしいぜ」
伝聞と、経験と、推測に、誇張まで入り混じり、言葉の波に乗せ、ひとつの渦となっていく。
そんな街と、広場を、彼らの聖域たる丘の上、アクロポリスから眺める男は呟いた。
「知る由もないことを、人は知ろうとする。意味のないものから、意味を見出そうとする。……これを空虚と思うかね?」
男の問いは風に乗り、そばで控える弟子たちの耳に入った。が、誰も答えない。それが分かっていたかのように、男は、言葉を続けた。
「……わしはこれこそ、生きることだと思うのだ」
弟子たちは、ただその場で、静かに頷いた。弟子のひとりは後にその言葉を人に伝え、また別の者は、書物として残した。だが、男の考えが正しいのかは分からない。そんな、正しいかも分からない考えの集合は、後の世で『哲学』と呼ばれた。