完璧な計画

登場人物

  • 私(男性):少年時代の過去を語る男性
  • 母(女性):男性が回想の中で語る母親。セリフあり。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約13分(約4200字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。キャラ分けにしてもいいし、朗読でも構いません。

本文

シャーロック・ホームズねえ。

そんな大したことではないんですよ。

確かに、私もシャーロック・ホームズが捜査に熱中するように、子どもの頃から、とても凝り性で、夢中になると止まらない性格だったんですけどね。

ただ、私はホームズのまったく逆でした。

子どもの頃から、友達付き合いもしない上に、怪しい情報を読んでは、いろいろ、よくない行為を妄想して書き留めていました。

まあ、そこまではよかったのですが。

ただ、なんとなく「人を殺してみたい」って書いたものを、偶然、母が見つけるとは、思わなかったんです。

母に呼ばれた私。

「ごめん。机の上にあったから、なんとなく読んじゃった。それは、謝るね。あなた、人を殺してみたいの?」

と言われたとき、気が動転したなんて言葉では表現しきれないくらい、私は、驚いたし、「どうしよう」とも思いました。

でも、困ったことに、それが自分にとって「嘘偽りのない気持ち」だった。

そして、それが、とても、異常なことだという認識は、子どもながらにありました。

「い、いや、それはただの想像で……」

「……気持ちは、少しだけわかるわ……」

そう母が言ったので、私は、思考が止まってしまいました。

「さすがに『人を殺したい』と思ったことは、私には無かったけれど、私も、相当変わった子どもだったから……」

確かに、母は相当、変わった人でした。

物凄く直感の鋭い所があったり、逆に、鈍感過ぎるところがあったり、好き嫌いも激しくて、母親の癖に、野菜は絶対食べなかった。

いろいろ人として見習えないような所が多い親でした。

それはともかく、私が、答えに困っていると、母は言いました。

「では、やってごらんなさい!」

私は、「何を言ってるんだ、この人は」と思って思わず口を開けてしまいました。

「でも、警察に捕まりたい?」

私は、目玉だけを時計回りにぐるりと回して、首を横に振りました。

やっぱり、普通の大人の母親だな、やれやれと思いそうになったとき、母は続けて言ったのです。

「私も、家族が警察に捕まったら、仕事もやめなきゃいけないだろうし、生活できなくなるから、困るの。

完璧な計画を作って、私に持ってきなさい。

私が完璧だと思うような計画だったら――好きにやりなさい」

母の目は、おもちゃを与えられた子ども、というより、子猫のように見えましたが、私は、やれやれと思いながらも、おもしろそうだと思いました。

私は、その日から、学校の勉強なんかそっちのけで、犯罪の計画を立てるようになりました。

でも、子どもの立てる計画ですから、最初はアラばかりの計画です。

「これじゃあ、目撃者が出るわね。ダメ」

試行錯誤して、いろいろ工夫してみても、

「監視カメラを壊す? ダメダメ、監視カメラってクラウドという別の場所に録画のデータが転送されるタイプがあって、壊しても画像のデータが残ることがあるの」

どう計画を立てても、母は、それを覆してくる。

「ダメダメ。血液じゃなくても、汗や唾が少しでも残ったら、血液型もわかるし、重大な手がかり。

唾液とかに、口の粘膜の細胞が出ていることがあって、DNA鑑定で重要な証拠になる」

でも、ダメと言われたら、余計やっきになって、私は頑張り続けました。

「無理無理。人の死体を、そんな短時間で、そんな長い距離運ぶのは、絶対に無理。

計算してごらんなさい。1ガロンの牛乳ボトルって、持ったことあるでしょ?

あれでおよそ9ポンド(約4kg)よ? それの約20倍の重さよ?

勉強不足ー!」

私は、学校の勉強は、ちっともしないくせに、別の所で夢中で勉強しました。

時間や距離、スピードの計算、重さや面積、毒物だったら濃度のことを考えなくちゃいけない。

ものの体積、形、力学の計算、人体の仕組み、構造、人間の性格や心理……

「ダメダメ、ここの場所は、この時間帯は、人通りが多いから、目撃者も多くなる」

人々の生活、行動のパターン、社会の構造、ありとあらゆることを、自分では考え尽くして、

自分では絶対に大丈夫だと思う計画書なのですが、母もまた絶対に、その計画の欠点を見つけてくる。

「凄く良くできてるけれど、この季節は、急に雨が降る可能性があるから、このトリックは無理になるかも。

無理になったときの代わりの案はある?」

地形、天候も細かく考え……

何回、計画書を出したのか。

100回くらいまでは数えてましたが、その後は数えるのをやめました。

とうとう、私は、母にこう言わざるを得ませんでした。

「もう無理……犯罪って、無理!……というか、母さん、凄すぎるよ!」

母がそのときに見せた表情は、今でも、覚えています。

泣き笑いのような顔。

当たり前なのですが、母も限界のある人間だっていうことを、私はわかっていなかった。

母は、どういう気持ちでこんな提案をしたのか。

鈍感過ぎる私にも、今までのいろいろなこと記憶や想像の色や形、音などが朧げに集まって、母の意図していたことに気づきかけて、私の心を震わせたのです。

「……あなたを育てているとき、この子は変わってるというか、自分と似ているなあって思った。

こだわりが強くて、言ったことを曲げない。

本当に自分が実感したことしか、やらない。

だから、無理やりコントロールしようと思っても無駄だと思ったから、ゆるく見てた……」

母親というものは、ふつう、そんなふうには、なれない。

自分の子どもと、意識的に境界線を作る。

そんなことは、普通の母親には難しい。

子育てしたことのない、私にだって、それくらいはわかります。

でも、私の母は、そうやっていたらしい。

逆に普通の母親じゃないから、できたのかもしれません。

そして……

「『人を殺してみたい』というあなたが書いたものを読んだとき、『ついに来たか』って、思った。

私も子どものときに、好奇心から、人に大怪我をさせた。

その人からは、当然、血が流れた。

その人の顔は、苦しそうで、とても、かわいそうだと思った。

普通に、心が痛んだ。私は、頭が悪いから、やってみないとわからなかったけれど。

まあ、刑務所や少年院に行く年齢ではなかったんだけど、大人にいろいろ怒られて、引っ越しと転校をしなくちゃいけなかったし、

それがもとで、両親、あなたにとっての、おじいちゃんおばあちゃんだね……が離婚した。

『人に危害を加える』っていうことが、どういうことなのか。

遅かったけど、私は理解した。

幸い、相手は命に別状もなかったし、後遺症も残らないケガだった。でも、わけもわからず人が危害を加えてきたわけでしょう?

相手は、どれだけの恐怖と苦痛だっただろうって、今でも、ときどき思う。

なかには、人が殺傷されても、全然、心が動かないとか、喜んじゃう人もいるみたいだけど、幸いなことに、私は、そういうタイプではなかった。

『犯罪なんて、うまくいくこともあるかもしれないけれど、失敗のリスクも、代償もあまりに高すぎる!

悲し過ぎるし、全然、割に合わない!』」

そう、心の底から思ってる……」

母の言った人生の軌跡は、私の知らないことばかりでした。

母の言葉で、朧げな色と形だったパズルは、ピタリと焦点を結び、私の中で、一つになりました。

「そんな分別くさいことを言っても、たぶん、あなたは、わからないと思った。

こだわりが強いあなたは、単純な説教をしても、たぶん、反発して隠れてやろうとする。私がやったみたいに。

だから、ちゃんと話を聞こうと思ったの……そして正面から戦おうと思った。

それで、計画書なんてことを言ったの。

まあ、息子と犯罪ゲームで頭脳戦なんて、ちょっと、最初はドキドキもしたけどね。

でも、あなたは、私の想像よりも、何倍も粘った。

私が、思ったよりもずっと長期戦になってきて、あなたの計画のレベルも、どんどん上がってきたから、正直、とてもきつかった……」

私は、そんな様子を見せないで、楽しそうに計画書を突っ返し続けてきた母親の演技力のことを思い出しながら、顔を歪めました。

「……でも、もし、母さんが欠点を見つけられないような計画書をぼくが、持ってきたら……」

「それは、もう賭けだわね。

だから、もう、犯罪捜査や犯罪セキュリティーに関する資料なんかは、ずっと最新のを調べまくって読みまくった!

本当に頑張ったのよ?

シングルで仕事しながらだったから、きついなんてものじゃなかった!

それどころじゃなくて、何もかも壊れるかもと思うくらい追い詰められたときもある。

でもね、あなたが、私を救っていてくれてもいたの」

「ぼくが?」

「そうよ」と、母は微笑んだんです。

「……やり取りをしている中で、あなたが、人を殺傷しても、何も感じない、あるいは、喜んでしまうタイプではないと、わかってきたから。

それに……学校の勉強を、まったくやらなかったあなたが、そして、人と関わろうとしなかったあなたが……

緻密な数学ができるようになったり、変則的な形ではあるけれど、人間関係とか社会との関係とかに興味を持って、

それを少しずつ理解していくのを見るのは、母親として、凄く嬉しかった。

自分がやっていることが無駄ではない。そう思えることが、どれだけ力になることか。

際どい形ではあるけれど、この子は、物凄く成長していってる!」って思った……」

私は、それを聞いてため息が出ました。

「こんなことが……」と。

それは、母親が、という意味でもあったし、

「人間に、こんなことができるんだ……」って、初めて私は思ったのです。

もちろん、数えきれないくらいの幸運のお陰で、私は、犯罪に手を染めずに済んだことも理解しています。

そして、こうやって、紆余曲折はありましたが、まあ健全と言える範囲で生活できていることも。

法廷で傍聴をしているとき、この人と同じ環境や状況にあったら、自分は犯罪を犯さないでいられただろうか。

何かが違っていたら、私の方が、あの被告席に立っていたのではないか。

そう感じることは、本当に多い。

まあ、それはそれとして……でも、それにしても……

私だって、どれだけ、いろんなことを調べて考えて、緻密に計画を立てて挑んだかわからない。

自分への戒めにするために、計画書は全部とってあるんですけど、

本当に、最後のほうの計画書は、今、改めて読んでも、よくできている。

母じゃなくて、ほかの人だったら、私の計画を覆し続けるのは、不可能だったでしょうね。誰にも真似できるようなことではない。

私にとって……母の存在は、あまりに大きい。

……なんのことはない、シャーロック・ホームズではなく、ただのマザコンなんですよ。

そして、今……私は、FBI心理分析官なんて仕事をやっているのです。