しゃんでぃーがふがふ

登場人物

  • タカナシ(女):27歳。文芸誌の編集者。
  • ミヤザキ(男):41歳。経営者兼バーテンダー。元文芸誌の編集者でタカナシの元上司。

所要時間(300文字あたり1分として計算)

約7分30秒(2211文字)

台本についての補足説明(ディレクション等)

特にありません。自由に演じてください。

本文

BGM<オーセンティックなバーっぽい曲>

タカナシ「生、もう一杯」

タカナシM:黒のタキシードと蝶ネクタイのバーテンダーを目の前にして、生ビールの三杯目を頼む。普段着のミヤザキさんを知っているからか、少し違和感がある。

ミヤザキ「タカナシちゃん、もうやめときなって。ほら、ナッツあげるから」

タカナシ「ミヤザキさーん。聞こえませんでしたー? 生! もう一杯!」

ミヤザキ「ナッツ、いらないの?」

タカナシ「ナッツは、いる」

タカナシM:小さな木皿に盛られたナッツを、小さく頭を下げてから受けとった。

ミヤザキ「タカナシちゃん、悪いお酒だね。それじゃあおいしく飲めないでしょ」

タカナシ「酒なんて酔えればなんでも一緒だよ」

ミヤザキ「嘘でしょ? バーテンダーの前でそれ言う?」

タカナシM:ミヤザキさんはショックを受けていた

ミヤザキ「タカナシちゃん、酒の飲み方は人それぞれさ。自由なものさ。オーセンティックバーで生ビールしか頼まないのもいいさ。だけどね、ほら、上を見上げてごらん」

タカナシ「『上』を『見上げる』は二重表現ね。正しくは『上を見る』か、ただ単に『見上げる』」

ミヤザキ「話の腰を折らないでよ。ほら、上、上」

タカナシM:私は右斜め後ろに首を傾げて上を見た。セミロングの髪が肩にかかるのすら煩わしかった。

タカナシ「なによ。なにもないじゃない。真っ暗で、天井もわからない」

ミヤザキ「そう。何もない」

タカナシ「もしかして、ふざけてます?いくら元上司でもなんでもしていいわけじゃないですよ?」

ミヤザキ「怖いよ。にらまないでよ。あのね、これは演出で、天井を見えなくしてるの。天井は黒だし、壁紙も天井近くはグラデーションで色が濃くなるようにしてて、照明を暗めにすれば天井は見えなくなる」

タカナシ「なんで、そんなこと?」

ミヤザキ「せまい店だからね。広く見せたいのさ。あとは、アレだね。ちょっと待ってね」

タカナシM:ミヤザキさんはバーカウンターの内側にかがんで姿を消した。床の上でなにやら作業をしているようだ。手持ち無沙汰になった私は、ミックスナッツをあさり、クルミだけを選んで食べていた夢中で食べていると急にミヤザキさんから声をかけられる。

ミヤザキ:クルミ以外も食べなよ。さあ、準備できたよ

タカナシM:いつの間にか カウンターの後ろにある小さな丸テーブルの上にゴテゴテしたハンドバッグくらいの大きさの機械らしきものが置かれていた。

タカナシ:あのハンドバッグくらいの大きさのやつはなあに?

ミヤザキ:例えが独特だね。あれがなにか。スイッチをいれてあげよう

タカナシM:ミヤザキさんは右手にもっているリモコンのボタンを押した。すると、機械が輝きだした。

タカナシ:ば、爆発する…!?

ミヤザキ:爆発しないよ。酔っ払いめ。上を見上げてみなよ

タカナシ:もう。また二重表現…。あ

タカナシM:見上げると星空が広がっていた

ミヤザキ:プラネタリウムだよ。小さいけど、それなりに高かったんだぜ

タカナシ:今、いい感じなんでお金の話しないでください

ミヤザキ:気に入ってくれて嬉しいよ

タカナシM:私はくるみを咀嚼するのも忘れて天井に現れた星々に見入っていた。ミヤザキさんの小さい懐を痛めたそれは、世間の世知辛さとかパワハラ上司とかモラハラ彼氏とかセクハラ同期とか、あらゆるハラスメントを完全にスルーして、ただそこにあり続ける孤高の存在だった

タカナシ:いいなあ、これ。ほら、あそこに大きめの星あるじゃないですか。私はああいう感じを目指して生きていきます

ミヤザキ:なにいってんの? 酔っぱらってるねぇ

タカナシ:はあ? ミヤザキさんのメッセージをくみ取ってあげたんでしょうが

ミヤザキ:そんなメッセージはないよ。やだねぇ、文芸編集者は。なんでもかんでもメタファーにしちゃうんだから。そのままの素材を楽しみなさいよ

タカナシ:ミヤザキさんだって元編集じゃん

ミヤザキ:タカナシちゃんほど偏ってはなかったけどね。プラネタリウムはね、ただキレイだから見せてあげただけだよ

タカナシ:あ、そうですかー。ま、いいや。一区切りつきましたね!じゃあ、生ください! 生!

ミヤザキ:まだ飲む気なの? しょうがないね

タカナシM:ミヤザキさんはやっと観念したようで、準備を始めた。私はミックスナッツからクルミを救い出す作業を再開しようとしたが、もうクルミは食べつくしてしまったみたいだ。

ミヤザキ:はい、どうぞ

タカナシM:ミヤザキさんから、細く透明度の高いグラスに注がれた黄金色のお酒がサーブされる。

タカナシ:これこれぇ!

タカナシM:私は半ばやけくそで、黄金色のそれをグイっと喉に押し込んだ

タカナシ「ぷはー! うめぇー! ……なんか味、ちがう? おいしいけど」

ミヤザキ「それ、シャンディね。ビール少なめにしといたよ」

タカナシ「しゃんでぃ…?」

ミヤザキ「ビールのカクテルみたいなもんかな、ちがうけど」

タカナシ「ちがうんかい。どうすんのよ、なんかもやもやするんだけど」

ミヤザキ「タカナシちゃん、全然カクテル頼んでくれないんだもんなー。ま、俺のおごりでいいよ。店閉めるから、それ飲んだら帰りなね」

タカナシ「ぶー。…ありがとうございます」

タカナシM:ミヤザキさんのつくってくれた、カクテルじゃないその何かは、フルーツみたいにさわやかで、体に優しい味がした。ほのかに感じるビールの苦みを邪魔に感じたとき、私は、…本当は、ビールが好きじゃないんだって気がついた